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もしもの時に必要なのは自然と共に生きること マタギや米国軍人の技術を日本流にアレンジして指南もしもの時に必要なのは自然と共に生きること マタギや米国軍人の技術を日本流にアレンジして指南

 もしも日本に大災害が起き、自分たちの地域が孤立したとしたら――。現状の一般人の知識では、せいぜい家庭や職場に備えている災害用の非常食で持ちこたえるので精一杯。自治体からの救助が遅れるなどして、孤立する期間が長くなれば自分たちで工夫して生き延びなくてはならない。しかし、その術を持ちえないとすれば、最悪は強奪などがはびこる事態ともなりかねない。
 こんなことを起こさないように、一人ひとりが生き残るための知恵をつけておかなくてはならないとBush Craft & Bug Out School校長の荒井裕介氏はいう。現状のインフラが何も機能しなくなった世の中では、自然にあるものを最大限に利用して生き延びる。そんな心構えを持っておくことが求められる。もしものときを想定して、私たちはどのような知識が必要となり、また最低限の装備としてはどのようなものが必要となるのだろうか。

荒井裕介さんの写真

Bush Craft & Bug Out School校長

荒井 裕介(あらい ゆうすけ)

幼少期よりマタギに手ほどきを受け、山の知識を身につける。10代で渡米しブッシュクラフトに出会い、バグアウトやサバイバルスキルを専門機関で習得。帰国後、音楽誌やファッション誌のカメラマンを経て、山岳写真家に転向し、フィールドでの活動に尽力する。日本で最初に、メディアでブッシュクラフトを紹介。以降、災害時に使えるブッシュクラフトとバグアウトスキルの指導や、後世へ豊かな自然環境を残しつつ、災害の多い日本でも生き残る力を啓蒙するため、Bush Craft & Bug Out School新しいウィンドウが開きますを運営するなどの活動をしている。

災害時の日本、
ゾンビがあふれかえる可能性

――日本に大災害が起きた場合、最悪、どのような状況になることが想定できますか。

荒井裕介さんインタビュー中の写真

 首都圏で巨大地震のような大災害が日中に起き、都市機能、首都機能が麻痺した時のことを考えてみましょう。

 多くの方が都心から多少離れたベッドタウンに家を構え、そこから会社に通勤しているでしょう。ベッドタウンには日中、子どもしかいない可能性が高い。ただ都心で被災した親御さんはすぐには帰れないのです。なぜなら、日本は河川が多い国なので、橋が落ちてしまえば簡単には戻れない。そして、大災害時には通信がしばらく途絶えてしまいますから、子どもたちの安否すら分からないような混乱が生じます。

 インフラが整い過ぎていたりオートメーション化が進んでいたりするような場所では、通信も電気も途絶えてしまって、自分自身では何もできないでしょう。生き延びるための知識がなく、ただそこをさまようしか術がない人たち、あたかもゾンビのような人たちが沸いて出るような事態が想定できます。

 次にはどうなるか。例えば、災害のために準備を怠らなかった人が、必要なモノの詰まったバッグを担いで、ゾンビたちの横を自宅に帰ろうとします。格好の餌食です。ゾンビが物盗りと化すわけで、暴動に近いことが起きるような状況が生まれます。ゾンビを作り出してしまった社会が産み落とした、まさに人災だと言っても過言ではありません。

 このように災害時には、子どもたちや家族の待つ場所まで速やかに戻らなければならないけれども、そのためには安全を確保できる行動を取らなければならない。さらに、天文学や気象学の研究者の中には、太陽フレアの影響で黒点活動が弱まり、川が凍り野菜が育たないほど寒冷な夏が5〜10年以内に来ると予測を立てている人たちもいます。地震のような局地的な災害だけではなく、寒冷化が世界規模で起これば、少ない備蓄をいかに無駄にしないかという技術や思想がさらに必要になります。

 災害などが巻き起こす最悪の事態を想定して、生き残るための知恵や身を守るための術を伝えていきたい。自分で判断できるだけの想定や準備をしておくという、本来の意味での防災を広めたいということで始めたのが、「ブッシュクラフト」と「バグアウト」スキルの指導と活動です。

生き残るための
ブッシュクラフト、バグアウト

――ブッシュクラフトとバグアウトは、災害時に身を守るためのベースにある考えということでしょうか。

 私たちはブッシュクラフトを「自然に従い生きる生活術」、バグアウトを「素早く避難行動をし、安全を確保する技術」、さらにはサバイバルを「死が想定に入っておらず、環境に適応し生きること」だと定義しています。ブッシュクラフト、バグアウト、サバイバルはいずれも、災害時に生き延びるための技術といえます。

 もう少し詳しく説明しましょう。まずブッシュクラフト。日本では「たき火で飯を食うこと」という意味だと勘違いされている方もいますが、まったく違います。そもそもは北欧生まれの技術で、バイキング等のゲルマン民族が冬の間に木を切ってヘラや器を作ったり、夏にフィヨルドの氷が溶ければヨーロッパに貿易に出かけるためのものを作ったりと、森で生きていくための生活術のことです。ただ、ブッシュクラフトという名前は、オーストラリア等の南半球で付きました。

 根本は自然に従い生きるということですが、重要なのは、その土地で進化させなければ使えないということ。例えば、日本は高温多湿で国土が狭く、高さはさほどではないが急峻な山があり、東西南北で植生がガラリと変わるような島国です。北欧のブッシュクラフトの技術をそのまま持ち込んでも使えない。例えば海外仕様のテントを日本で使用すると、湿度が高くて結露してしまうといったこともあります。

 そこで、日本独自のブッシュクラフトを見つけなければと考えていた時、思い至ったのがマタギや杣人(そまびと)の技術。私は幼少の頃からマタギの方と触れ合っていましたが、彼らは山間部で狩猟や林業をしており、時には一晩を森で過ごすこともある。まさに日本において、自然に従って生きる技術を持っているわけです。北欧の技術とマタギの技術を、現代風にブレンドして広めていくのが有効だと考えました。

 次にサバイバル。山という環境を例に考えてみると、ブッシュクラフトの技術があれば山の中で生活はできるけれども、サバイバルのノウハウがないとアクシデントに見舞われた時に回避できない。サバイバルで重視しているのは、安全の確保と救助などです。安全に山を降りなければならない場合は、サバイバルの要素を習得しておかないと、困難な状況が発生します。

 一方、バグアウトには「速やかなる撤退」という意味があります。いかに早くその場から離れる動きができるか、ということです。例えば、安全と思った場所でも、想像以上の豪雨や再度の地震などで危険にさらされる場合がある。あるいは災害時、怪しげな集団にせっかく定着した場所を知られてしまった。そういった場合には、なるべく今の装備を失うことなく、速やかに撤退することが必要となります。

 今の日本人に最も欠けているのがバグアウトで、例えば自衛隊でもあまり重視していない。非戦闘員ですから、戦地から逃げるということを想定していないためです。だから、日本でバグアウトを教えているのは恐らく私のスクールが唯一なのではないでしょうか。

――災害時に生き延びるための技術としてこれらのことを強く意識し始めたのには何かきっかけがあったのでしょうか。

荒井裕介さんの写真

 東日本大震災で被災の現場に入ったのが大きなきっかけでした。僕らは生き延びる技術を実際に使っていた人たちから直接学んだり見聞きしたりすることができた最後の世代で、その後が途絶えている現実を、被災の現場で突きつけられたのです。

 安全を最優先しているのか、昔のように野焼きもしなければたき火もしない。仮にたき火をしたとしても、使用するのは燃えやすい乾いた木だけ。「水の中に浸かっている薪でも燃やせる」という本当の技術を伝えていない。風の吹き方と天気の関係も分かっていない。被災の際にはロープが様々な点で重要になってきますが、その結び方も分からない。さらには「自分に話しかけてくる知らない人は、全部悪い人だと判断しなさい」という教えからか、誰がいい人で誰が悪い人なのかの判断もつかない。このままの状態で大きな災害を迎えたら、悲惨なことになるなと思いました。

 プライベートな点でいえば、ちょうど第一子が生まれた時だったのです。「生き延びる技術を失ってしまうことで、この子たちが災害に遭遇したら、生存率は著しく下がるだろう」と考えました。そして、「子供たちの世代に、生き残るための技術を残すためにはどうしたらいいのか」を教え、広めていかなければと痛感し、実践することにしました。

 ただ、実際に教えるに当たっては、「自分が1回できた」だけではダメです。特に日本では四季があるので、一つの技術が春夏秋冬のすべてで同じようにできることを1年かけて試してみる。さらには翌年、翌々年もできて初めて使える技術だと言える。だから私の日常は、ひたすら実験を繰り返す毎日です。例えば、防寒具なしで服だけで寝てみたり、テント代わりのタープ(幕)の形状を変えてみたりなどの実験を繰り返し、様々な状況に対してセオリーを確立しようとしています。

もし災害に遭ったら? 
すぐに外に出るのは命取り

――今、大災害に遭ったとしたら、どのように行動するのがよいでしょうか。

 建物が倒壊していないのであれば、「すぐに外に出ないで様子を見る」ことが重要です。周囲がどの程度倒壊しているのかを見る必要があります。ガラスが1枚降ってきただけで、簡単に体は刻まれる。高速道路が倒れている所を歩いたら、むき出しになった鉄筋が体に突き刺さる危険もある。電柱が倒れていれば、感電の恐れもある。

 外に出るのは、ある程度落ち着いてきてからです。その際ですが、災害時にはガラスが散乱していて、靴は簡単に底が抜けてしまいます。ですから登山靴のようなものをオフィスに一足揃えておくといい。スニーカーはすぐダメになる可能性がありますが、作業用品を販売する専門店で用意されている踏み抜き防止が施されている靴であれば大丈夫です。

 さらに100円ショップでも手に入れることができる「防水バッグ」は有用です。津波や集中豪雨で浸水した際、浮き袋になるぐらい強度があり命を守ってくれます。もちろん、被災時に大切になってくる、「モノを濡らさない」目的にも使えます。

――移動する場合には、どこを歩けば安全でしょうか。

 線路を探してください。できれば高架ではなく、地面を這っている線路がベストです。線路は硬い大地に敷いているはずだし、建物から一定の距離が離れているので、建物が倒壊することで被災する危険も減ります。

 日頃の備えという観点からいえば、あらかじめ帰宅ルートを確認するとともに、要所要所の地名や特徴を覚えておくことが大切です。ここはどの町の何丁目なのか、この交差点には目印として何があるのか、といったように具体的に覚えます。地震で町が崩壊すると景観は一変します。ただ落ちている看板などから結び付ければ、自分のいる位置が確認できるようになります。

 いくら慣れ親しんでいても、飲食店が多いエリアを帰宅ルートに入れるのは可能な限り避けてください。被災時はどうしても食料や水が不足するので、ランチ時に利用していたなどで勝手知ったる飲食店エリアに足が向かいがちになります。飲食店では調理で火を使っているので、ガスに引火して火災に巻き込まれるリスクが高くなります。遠回りしてでも避けるべきです。

 また、被災地から自宅への移動時に、光源としてサイリウムライトを準備することは有用です。災害時にインフラが絶たれると電気もダメになり、真っ暗になります。サイリウムライトを4本持てば数十時間使えるのでかなり安心です。また、サイリウムライトは相手からの視認性がヘッドライトよりも低いので、夜間の移動中、物盗りに認識される確率を下げることにもなります。

――夜を過ごす場所としても、線路の周りというのはいいのでしょうか。

 線路や、その延長線上で駅はいいでしょうね。雨風が凌げますので。

 それと、忘れてならないのは神社です。おやしろが作られたり、ご神木が残っていたりする場所は、そもそも高い所が多く、つまりは災害が起きようがその地域の中で残ってきた場所である可能性が高い。昔から残っている寺社仏閣を目指すのは、生き延びる手段の1つです。

 その後は水の確保を考えることになります。今は高性能の浄水器を1本持っていれば、川の水でも飲めるようになりました。除去率99%というような浄水器があれば、臭いはさすがに取れなくても、バクテリアはほとんど取り除けるので、それを飲めば生きていけます。またペットボトルに入っている市販の水が安全かといえば、期間が過ぎると飲めなくなってしまうので、それをまた飲める状態にするために、いくつか除菌の方法を知っておくのは極めて有効です。

避難生活ではお尻をきれいに保つ

――これは分かっておいた方が災害時に困らないという知識があれば教えてください。

 まず「お尻はきれいにしておけ」ということです。災害時には、例えば長い間、水が使えない状態で排泄をしなきゃいけない状況になり得る。きちんと決められた通りに決められた処理をできるような環境を作らないと、排泄物から衛生環境が悪くなり、様々な病原菌が発生します。そしてお尻を清潔に保っておくこと。座薬がすぐに効果があるように、お尻、すなわち直腸からは病原菌も侵入しやすく、不潔にしていると感染するリスクが高まります。

 病気に感染すると、もちろんその人も苦しいのですが、怖いのは周囲の人に感染を広げてしまうことです。このためお尻を拭くためにウェットティッシュ等を準備するのは、災害時の備えとしてとても重要なことです。防災の知識としてあまり知られていませんが。是非覚えておいてほしい。

 次に「自分がケガをして縫う場合には、自分の髪の毛を使え」。被災して裂傷を負い、縫って止血しなければならなくなった。ケガをしたのが他人であれば医療行為で、医師の資格がなければできませんが、自分自身のケガを縫って治療する分には可能です。ただ、現場に糸がなかったらどうするか。自分の体に入れて拒絶反応が起きない繊維、「自分の髪の毛」を使うのです。

 さらに、「塩や砂糖は様々な用途に使える」。例えば、精製水に0.8パーセント以下のグラニュー糖を加えると抗生物質の代わりになるので、やはり自分自身の治療になら利用できます。蒸留水に塩を加えて生理食塩水を作れば、しみない消毒液になります。非常持ち出し袋の中に塩と砂糖は必須です。

 では生理食塩水に使う蒸留水はどうするのか。「水の確保は、透明なボトルやジップロックが1つあれば、なんとかなる」ということを覚えておいてください。子どもの頃に理科でやりましたよね。湯気を冷やして水滴を作ると精製水ができるよという実験。山や森の中で昼間、ボトルやジップロックを草木に掛けておけば、草木の呼吸だけで、寒暖の差で夜になるとそこに結露が付き水がたまります。都会であれば、公園の植え込みにある少し湿った土の上でも同じことができるし、それもなければボトルやジップロックの中に呼気を吹きかけても水は取れるのです。

 被災時の水の確保については、水源の見つけ方があまりにもストーリー化されているのですが、実際にはこのようにいくらでも方法はあります。ただ、気をつけたいのは、先にも紹介した浄水器を準備しておくこと、さらに、排泄する場所をしっかりと決め、水源から最低でも30メートルは離さないと、水源が汚染されてしまうので注意が必要です。

防災グッズとして忘れちゃいけない『リップクリーム』

――水と並んで大切な食料の確保に関して、覚えておくべきことはありますか。

スクールの様子の写真

 「食べられる山菜よりも、食べられない山菜を覚えろ」です。なぜなら、食べられない山菜や野草の数の方が、食べられるものの数よりも圧倒的に少ないからです。おいしいかどうかは別として、食べられないものを覚えておけば、それ以外のものはとりあえず食べることができて、命をつなげます。

 食べ物では「アミノ酸を増やす工夫をせよ」も重要です。味がないものを長いこと食べ続けると精神崩壊が起きるからです。アミノ酸を増やすことで、うま味要素が増え、精神が不安定になることが少なくなります。被災時に、不安で眠れない状態になったら、アミノ酸を増やすことを考えてください。

 アミノ酸を増やすためには、干すことが一番です。塩漬けにしてもいい。例えば、干ししいたけはうま味が増していますが、まさにアミノ酸が増えているからです。私のスクールでは、アミノ酸でどれほど味が違うのか知ってもらうため、干し肉と生肉をたき火で焼いて体験してもらいます。その違いに、みんな驚きますよ。

――うま味を作り出して、精神を救うわけですね。

 一方で、簡単には作り出せないけれども、人間にだけ使いこなせるものもある。それが「金属」「繊維」「火」です。そこで覚えておきたいのは、「金属、繊維、火の準備を忘れない」ということです。具体的には金属は火に掛けられコップ等との兼用もできる「鍋」や「キャンティーン」、繊維は「糸、ロープ、タープ」、火を起こすための「ファイヤースターターやレンズ」を被災時に持ち出すことがとても大切です。

 最後は、「リップクリームを忘れるな」。

――リップクリームですか。

 様々な用途に使える驚きのツールです。ワセリンの塊なので、これを切って麻ひもやティッシュに混ぜれば火種になる。メンソールが入ってないタイプであれば、切り傷にギュッとすり込めば止血にも使える。被災時に清潔に保つ必要のあるお尻に塗れば、粘膜が下着で擦れることを減らしてくれる。寒い時であれば、体に塗ってしまえば、毛穴が埋まって防寒になるし、水害時には水を弾く。炒め油にもできるし、食べることだってできます。リップクリームは、とにかく大量に持つことをお薦めします。

長い避難生活を想定して、
3種類のバッグを用意する

――防災袋には、ここまでにうかがった必携品を詰め込むわけですね。

 私は「ゲットホームバッグ」「バグアウトバッグ」「インチバッグ」の3つを準備しようと教えています。なぜなら状況に応じて、必要となるものが異なってくるので、一つのバッグにすべてを入れようとすると、素早く行動するための妨げになってしまう。だから、入れるものを替えたバッグの準備を推奨しています。

 まずゲットホームバッグ。ゲットホームとは災害時帰宅行動と訳しますが、出先で災害に遭遇した際、とにかく安全に家にたどり着くために必要なものを詰めます。車移動の人だったら車のトランクに積んでおき、会社員ならオフィスに置いておくのがいいでしょう。

 バグアウトバッグは、自宅に置いておくものです。自宅にたどり着いてから、しばらく生活するのに必要なものを入れておきます。

 インチバッグは、自宅以外の避難先で比較的長期に生活することを想定したもの。ワイヤーカッター、金づち、のこぎり等、道具系を充実させているのが特徴です。別荘や山小屋を持っている人なら、そこに準備しておくのがこのバッグです。

ロープワークをしている荒井裕介さんの写真

 これらのバッグに、それぞれのシチュエーションを考えて必要なものを足したり引いたりして詰めるわけです。その際に大事なのは、兼用できるものは兼用して、できるだけ最低限にすること。例えば防寒具を選ぶ場合、寝袋に代用できるよう濡れても大丈夫な素材や機能のものを選べば、寝袋を荷物から外せます。とにかく「1個のものに特定の意味を持たせない」ことを推奨しています。私自身、装備の中で特定の意味を持たせているのは寝床として使うマットのみです。

サバイバルの知恵は英才教育で養った

――荒井さんは、幼少の頃からマタギの方々と交流があり、そこでの経験が今の活動に役立っているわけですね。

 私は千葉県の出身ですが、会津でマタギをしている集落から大勢、私の父の会社に出稼ぎに来ている人がいました。私の父は猟師をしていたこともあり、その中の親分格の人が、夏休みや冬休みになると、「鍛えてやるから息子をうちに寄越せ」といってくれました。3歳ぐらいから長い休みは会津を訪ねて彼らと丸々一緒に過ごし、山の知識や危険性を習ったのです。

 マタギとしての山へのアプローチですから、トイレから何から全部揃っている普通のキャンプ場のスタイルとはまったく違う。釣りの仕方や山の歩き方というようなことはもちろん習うのですが、寝床を作るのであれば「笹を束ねる、あるいは細い杉の木を一本見つける」といった調子です。でもそれが普通だと思っていました。おかげで5歳ぐらいからは、熊が目の前を横切るような山の中を1人で歩けるようになりました。

 その後、高校卒業後に渡米したのですが、住んでいたアパートの目の前に北欧移民の家族が経営している牧場がありました。そこで彼らは、現地調達は当たり前、装備は必要最小限というバイキングがしていたようなスタイルの狩猟、すなわちブッシュクラフトをしていたのです。私も彼らとキャンプを楽しむ中でブッシュクラフトを学びました。

 さらに、米国の大学在学中に、一緒にクライミングにのめり込んでいた友人がいたのですが、米軍の退役軍人だった彼の父から、サバイバルスキルを教え込まれたのです。銃社会アメリカのサバイバルスキルですから当然、日本の社会では想定できないような技術も教え込まれました。「この中から日本での災害に役立つものをピックアップすれば、平和利用になるな」と思うようになりました。

 「これを備えろ、あれを準備しろ」ではなく、ベースには「自然のものを利用しよう」というマタギや、ブッシュクラフトを教えてくれた北欧移民の考え方があります。それに米軍仕込みのサバイバルスキルを加えて、災害時に生き残る術を作り上げてきました。それを15年ぐらい前から日本で発信し、今はスクールを定期的に開催するなどして広めようとしています。

子育て世代が多くいる企業に
振り向いてほしい

――今後、活動をどのように広げていきたいと思われていますか。

 日本は災害大国なので、防災を日頃から意識することはとても重要です。一方で、防災を訓練だ、学問だ、教育だとやってしまうと、「堅苦しい」「面倒くさい」となって広がっていかないでしょう。私は「森や山の中での遊びの延長線上で生き残る術を自然に学べる」というスタイルで、子育て世代の家族にブッシュクラフトやバグアウト、サバイバルに興味を持ってもらえるといいなと思っています。

 そこで期待したいのは、子育て世代が多く働く企業が、社員の防災の学びに積極的に乗り出してくれることです。生き残るための防災の術を知る社員が複数いる企業は、災害時にその地域を助けるリーダーの役割を担える人材を創り出していることになる。親世代に教えることのできる人材が増えれば、子供たちにも確実に広がっていく。大人になってから覚えるのではなく、子どものうちに遊びの中で覚えることが増えれば、アウトドアの文化として防災が定着していきます。

荒井裕介さんの写真

 さらに、スキルを教え、広めるためには、リーダーシップが必要。高度なスキルや知識はあるけれども、人を出し抜いたり、陥れたり、自分勝手だったり、皆をまとめることができない人には教えることができません。ですから、企業にとっては、ブッシュクラフトやバグアウトを通じて社員に防災を身に着けさせる過程で、社員のリーダーシップ特性や適材適所を発見できたり、リーダーシップを学ばせられたりするというメリットもあると考えています。

(写真:吉成大輔)
※本記事内の製品やサービス、所属などの情報は取材時(2023年7月)時点のものです。

※記事内で紹介しています災害時の対応は、荒井氏が推奨するものであり、安全や効果を保証するものではありません。
実際の災害時は現場の状況をよく確認した上で対応の判断をしてください。

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