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共通で使える防災情報が被害の広がりを防ぐ デジタルツインで数時間後を予測して先手を打つ共通で使える防災情報が被害の広がりを防ぐ デジタルツインで数時間後を予測して先手を打つ

 災害が発生してしまったら、その被害を可能な限り抑えるための取り組みが必要であることは言うまでもない。一方で、地球温暖化などの影響により災害が頻発化していることに加え、新インフラや新エネルギーの台頭などで被害の状況が多様化する中においては、これまでの災害対応の延長では、今後の大災害に対して満足に機能しない可能性すらある。求められるのは、災害発生時に迅速にそして効果的な対応が行える仕組みをドラスチックに作ることだ。
 強靭化する災害に対して、デジタルの技術をフル活用して対応力を付ける必要があると、防災科学技術研究所 総合防災情報センター長の臼田 裕一郎氏はいう。特に力を入れているのが、バラバラに管理されている災害情報を一元化、利用する場面を想定して活用しやすい状態で情報を提供するためのシステム作りだ。さらには、先手を打った対応ができるように。数時間先の被害状況の予測も試みる。

臼田 裕一郎さんの写真

防災科学技術研究所 総合防災情報センター長

臼田 裕一郎(うすだ ゆういちろう)

1973年長野県生まれ。1997年慶應義塾大学環境情報学部卒。1999年慶大大学院政策・メディア研究科修士課程修了。2001年慶大大学院特別研究助手を務める傍ら博士課程に入り2004年修了。2006年防災科学技術研究所に入所し、2016年から現職。2019年AI防災協議会常務理事(2021年理事長)、2020年筑波大学理工情報生命学術院教授(協働大学院)、2023年防災DX官民共創協議会理事長を兼務。

災害のリスクを可視化することに意欲

――防災に携わるようになったきっかけを教えてください。

臼田 裕一郎さんインタビュー中の写真

 私は大学で環境情報学を勉強し、就職をしたのですが、その後、助手として大学に戻りました。そこで携わったのが、「原子力の高レベル放射性廃棄物の地層処分に関するリスクコミュニケーション研究」というプロジェクトです。話し合うことがコミュニケーションの中心ですが、問題を目に見える形にしたうえでコミュニケーションをすると、より理解が深まるのではないかという観点での研究を行いました。

 コミュニケーションの研究者は社会科学系が多く、一方で原子力は理学部や工学部が多いので、互いのコミュニケーションにズレが生じます。同じ語句でも違う意味のことを指したり、その逆もあるからです。研究者同士でさえ分かり合えないことが多いのですから、一般の市民の方々に説明するには、言葉だけではまったく伝わらない。であるならば、廃棄物処分にあたり、活断層や火山の場所を明確にし、それらからどの程度離れるべきという基準に該当するエリアを日本地図上で見せる。リスクを可視化することで、コミュニケーションが円滑に進んでいくことが、研究を進めるうえで分かり、関心を深めていきました。

 この研究では、原子力の高レベル放射性廃棄物を日本のどこで処分するかについてのリスクを手掛けました。とても大事な問題ですが、自然災害についてもリスクコミュニケーションの研究を進める必要があるのではないかと考えました。これが防災科学技術研究所(防災科研)に入所するきっかけとなりました。

――それまでのご経験を防災科研でどのように生かされたのでしょうか。

 防災科研に入ってみると、地震、火山、水害等々、様々な自然災害の専門家が大勢おられ、それぞれが極めて深い研究をしていることが分かりました。そこで、災害対応する自衛隊や消防、自治体等の機関や、さらには一般の方々に対して、このような防災科研の研究成果を生かすにはどうしたらいいのかを考えました。

 自治体の方々は、その地域で起こるすべての災害に対処しなければなりません。一方で防災研究はというと、地震は地震、火山は火山、水害は水害と別々に取り組んでいるため、発信している情報の形態がバラバラになりがち。利用する側はこれらの情報を苦労しながら活用することになるのです。必要となるのは、これらの情報を統合して可視化し、効果的に利用できるようにすること。この仕組みを実現することを目的の一つとして立ち上げたのが、防災科研の総合防災情報センターです。

災害は強大化、人間は弱体化

――今後、日本にはどのような災害が起こる可能性があるのでしょうか。

 気候変動の影響もあり毎年、日本中のどこかで大規模な水害が起きています。それも、今までにないような雨の降り方、今まで降らなかったような土地で。地震に関しては、直近で一番危惧されているのは南海トラフ地震ですが、今後40年以内にマグニチュード8〜9級の地震は90%程度起きるだろうという数字が出ています。

 一方で、社会のデジタル化や新エネルギーなどによって、災害が起こった時に発生する問題はかなり多様化しています。例えば、災害で広域に電気や電波が使えなくなり携帯電話が通じなくなれば、1人ひとりの受けるダメージは極めて大きくなるでしょう。

 このように災害は、頻発化、大規模化、複雑化していますが、これに対応する人間の側はどうなのか。かつては、ダムを造ったり建物を頑丈にしたりするといったことで、守れた部分もありました。ただ、今ではインフラが老朽化し、これを更新するための予算の確保も大変になる等、ハードの対策を取るのが厳しくなっている。

 加えて、今までは対応できる人がたくさんいて、その人たちの経験と能力で対応できていた。それが今は行政でも人を減らしていく方向で、極めて少ない人数で防災をやらなければならない状況になってきています。災害が強大化しているのに、人間は弱体化しているとも言えます。

災害後の対応は8割が共通

――こういう時代をどうやって生き抜いていけばいいのでしょうか。

少数精鋭で効果的な対応をとる必要があります。対応の標準化とデジタル化の二つを組み合わせる必要があると考えています。

臼田 裕一郎さんインタビュー中の写真

 まず対応の標準化ですが、災害後にやるべきことは大体共通しています。個別の災害に特化したやるべきことはおおよそ2割。であれば、残りの8割を標準化することで、慣れていない人でも手順に沿って対応できるようになる。例えば日本海側が被災した際、被災していない太平洋側が支援に入り、その8割の部分に対応できるようにする。残り2割のその災害に特化した難しい部分を、現地に詳しい職員や、外から支援に来た経験や専門知識のある職員が担当する。災害対応をそういう形にできないだろうか。

 世界も災害対応における標準化は進んでいます。米連邦緊急事態管理庁が採用したインシデント・コマンド・システムという災害対応時の指揮・命令の仕組みはその一つです。災害が起こったとき、被災地でどのような支援をするのか、その際の班構成はどのようにするのか、どのような手順で作業するのかなどが標準化されています。

 世界標準を取り入れれば、世界からの支援を受けやすくなる。災害大国と言われる日本は、世界標準を取り入れていくべきですし、標準がない部分は日本が標準を発信する役割を果たすべきです。防災科研としても研究対象として取り組んでいます。

 一方、デジタル化については、デジタルの技術をフル活用して対応力を付けようということ。人、経験、予算などいずれも減少する中、デジタルの力で効率的に対処していくことが重要になります。国としても、「防災DX」に力を入れようとしています。

国も力を入れている防災DXの現状

――防災DXの具体的な取り組みをご紹介ください。

 2020年に内閣府で、「デジタル・防災技術ワーキンググループ」が立ち上げられました。そこでは防災のために今すぐにでも対応できることを提言する「社会実装チーム」と、10年先を見越して今から目指して提言する「未来構想チーム」の2つが結成され、私は両方に参加しました。

 社会実装チームの提言の1つは、災害対応時のデータ共有です。例えば、災害時には、災害派遣医療チーム「ディーマット(DMAT)」が結成されますが、この医療チームにはどの病院が被災しているのかといった、厚生労働省が管轄する病院関連の情報は入ってくる。ただ道路の情報は、国土交通省所管なのでリアルタイムに届きにくい。例えば、東日本大震災の際、集合場所から被災している病院へどの道を通ればよいのかが分からず、医療チームが到達するまでに時間がかかってしまった。

 道路の状況は、国交省が把握していた部分もあったし、さらにはカーナビの通信ログを見れば、どこが通れないかという情報もあった。そういう情報が実際に動いている人たちに、なかなか届かなかったのです。どこかに情報があるのならば、それをまず相互に使えるようにしようという提言を出しました。

 一方で、未来構想チームが取り組んだのは、被災の報告が来る前の時点で全体の状況を予測して対応し、さらにその次の対策を提示できるような仕組み作りです。この中では、リアルの情報を収集し、サイバー空間に再現して分析や予測をするデジタルツインの活用が必要だとの提言も出しています。

 これらの仕組みを個人一人ひとりの防災にまでつなげるために重視しているのが、「データ連携基盤」と呼ばれるプラットフォームです。今や、個人で使える防災のアプリは、たくさんあります。ところが場面毎で異なるアプリを使う必要があり、さらには名前や性別、服用している薬の情報など、似たような情報を都度入力しなければならず、ものすごく手間となる。この無駄をなくすためには、データ連携基盤となるプラットフォームをきちんと作成。個々のアプリはその基盤を使い、常に最新の情報にアクセスできるという流れと環境を整備する必要があります。

 2022年12月にはデジタル庁の呼びかけで「防災DX官民共創協議会」が発足しました。ここでは公的機関だけでなく、市民1人ひとりの防災に届く基盤を作っていきましょうという構想を持っています。ただこの構想は、省庁だけでは実現できません。自治体も必要だし、技術力を持つ民間企業にも入ってもらわなきゃいけない。このため立ち上げたのが防災DX官民共創協議会で、私は同協議会の理事長を務めています。7月6日現在、84の地方公共団体と民間事業者269社に参加いただいています。

「情報のパイプライン」を通して
災害情報を一元活用

――災害時の情報一元化の重要性が言われ出したのは、この2〜3年のことなのでしょうか。

 1995年の阪神淡路大震災のころから、情報の共有や組織間連携が必要だとは言われていたのですが、なかなか実現できなかったというのが実情です。現場では、情報の伝達手段がホワイトボードだったり、デジタルと言ってもメールやFAXを紙に出力したものだったりと、アナログ主体だったことも情報の一元化を難しくしていました。

 先ほどお話ししたように東日本大震災では活動している災害派遣医療チームに情報がなかなか伝わらなかった。省庁、自治体、支援機関、企業と、皆バラバラに情報を持っているだけでは効果的に機能しないことが分かった。災害時には状況認識を共通にすることが極めて重要になるのですが、それぞれが固有の情報を保有しているだけだと、状況認識が異なったりズレてしまったりするという問題が起きるのです。

 そうは言っても、組織毎に災害対応をするという体制が出来上がっている日本の社会において、ドラスチックに仕組みを変えるのは現実的な話ではない。そこで、その社会構造は変えず、それぞれの組織はこれまで通り自らの活動に最適化された自システムを使ってもらう。そのかわり、各組織が「情報のパイプライン」に自システムをつなげば、複数の組織間で情報を相互にやり取りすることができ、結果として情報の一元化ができます。2014年から研究開発を進めているのが、基盤的防災情報流通ネットワークです。「SIP4D」と呼ぶこのネットワークは「情報のパイプライン」の役割を担い、ここにつなぐことで複数の組織と情報の共有ができるシステムとなります。

 例えば道路の被害情報でも、地方整備局や都道府県によってシステムが違います。SIP4Dを通してこれらの情報を集約し、統合することで、1枚のデータとして出力できるようにしています。全国にある避難所の分布と避難者数のデータに関しても同様です。各省庁が個別に保有していた情報を、SIP4Dにつなげて、情報の場所や管理者の違いによる負荷を低減し、必要な情報を利用できることが重要です。

――情報のパイプラインという位置付けのSIP4Dは既に防災のプラットフォームになっているのですか?

臼田 裕一郎さんの写真

 まだまだこれからです。しかし、技術だけでは実現しません。私たちは災害が発生する都度、現場に入り、現場で活動する組織間での情報共有を、自らSIP4Dを使って支援する活動をしてきました。それが認められ、内閣府防災担当と防災科研による協働チームとして「ISUT(災害時情報集約支援チーム)」が立ち上げられました。このチームは2019年に国の防災基本計画に記載され、大規模な被害が想定される場合には現地に派遣され、SIP4Dの仕組みを活用して、災害情報を集約・整理し地図で提供することで、地方公共団体等の災害対応を支援すると定められました。

 さらに防災基本計画の2021年の改定時には、国や公共機関、地方公共団体は、情報の共有化を図るため、各機関が横断的に共有すべき防災情報を、共通のシステムである総合防災情報システムとSIP4Dに集約するよう努めることと記載されました。これにより、ようやく実務にしっかり組み込まれる流れとなったというわけです。

 この総合防災情報システムに開発を進めているSIP4Dのパイプラインの技術が導入されることになりました。また、前述したデータ連携基盤も含め、複数のプラットフォームが連動することが、防災のプラットフォームとして重要であると認識しています。

リアルタイム情報が支援対策を効率化

――情報の一元化によって効果があるのはどんなことでしょう。

 リアルタイムで情報を活用できるようになったことで、今何が起きているか、そして、これから何が起こるかの予測の精度が上がり、対策を立てるまでのスピードが格段に上がることがあげられるでしょう。

 それまでは、災害の後に情報を利用して、どれだけの規模でこのような理由で災害になりましたという検証は行われていました。それが情報の一元化、共有化ができるようになったことで、まさに今起きている現象、例えば現在降っている雨が大きな災害に発展するのかどうかを、リアルタイムで解析できるようになりました。

 これまでも、停電がどこで起こっているのか、通信はどこが使えないのか、雨はどこでどのように降っているのかという情報を、電力会社、通信キャリア、気象庁はそれぞれ発信していました。ただインターネット上で載っている場所はバラバラなので、1つひとつ違う画面で見なければならなかった。

 情報のパイプラインであるSIP4Dを介して同じ画面の中に見られるようになったことで、迅速な解析や意思決定が可能になりました。通信キャリアの情報だけを取り上げてみても、NTTドコモ、ソフトバンク、auの通信状況の地図を同じ画面の中で重ねることで、3社いずれも使えない場所はどこなのか、今から向かおうとしている被災地に持って行くならどの社の機材を選ぶべきなのかなどを、速やかに決めることができます。

――実際にリアルタイムで分析した直近の事例を教えてください。

 令和元年東日本台風と呼ばれる2019年10月の台風第19号は、広く東日本が被害を受け、千曲川が破堤して新幹線の車両基地が沈んでしまう等、甚大な被害が出ました。この台風で、実際に雨がたくさん降ったのは伊豆や箱根でした。一方で、長野や福島は絶対量的にはそこまで多くはなかったのですが、過去のデータと比較してリアルタイムで解析してみたら、長野や福島にとっては百年以上に1度というような歴史的な大雨だということがわかりました。

 これまでであれば、現在の雨量が多い地域に目が行ってしまい、ともすると対応が後回しになっていたかもしれない。また、後々になって「あのときの雨は100年に1度のレベルでした」とわかっても、その時の対策には役立たない。台風19号の際には、様々な情報をリアルタイムで共有できたことで、災害の程度を推定でき、対応に生かすことができました。

 令和2年7月豪雨では、熊本県の球磨川が氾濫し、山間部にある球磨村で複数の集落が孤立しました。ただ一口に孤立したと言っても、ある集落は道路が使えない、別の集落は停電、さらに別の集落は通信が届かないと、集落ごとに状況が違っていたので、一律の支援策とはならない。そこで、集落の場所の上に3つの扇形に分けた円のアイコンを乗せ、道路、電力、通信の状況をそれぞれ色分けして落とし込みました。赤は不通、黄色は一部復旧、緑は復旧と。

 3つの扇がすべて赤色なら、その集落は道路も電気も通信もすべてダメだから、多くの装備を持って支援に行かねばならないし、道路も通れないから荷を担いで徒歩で向かえる人を手配する必要がある。別の集落では、道路が緑だから移動は車が使える、でも電気と通信は赤だから無線が必要。このように集落の状況を地図上で可視化することで、それぞれの集落に必要な支援や装備の対策を瞬時に判断、決定できるようになりました。

ライフラインの状況を可視化した画面
孤立集落の解消に向けてライフラインの状況を可視化した画面。道路、電力、通信の状況を一つの画面に集約することで、支援の決定を速やかにできた(資料提供:臼田裕一郎氏)

大人数の情報により確度を増す
デジタルツイン

――デジタルツインはどのようなシーンで活躍するのでしょうか。

 いきなりデジタルツインを活用しようとしてコンピュータ上に仮想空間を作っても、実務に使えないのであれば意味がありません。実務でデータを共有してきちんと使えるような形を作るのが先決で、それが情報のパイプラインであるSIP4Dです。現実の情報が流通すれば、それを使いつつ、そこに予測により先手を打っていこうという段階に入る。ここで活用するのがデジタルツインで、防災DXの近未来においては重要な役割を果たすと思っています。

 私は「再現」に加え、「試行」「変革」の3つ大事な要素が揃って初めてデジタルツインは有意義なものになると思っています。現実の街をデジタル空間で「再現」するのは大事なことですが、その空間で「試行」ができなければ意味がありません。物を壊したり爆発させたりするなど、現実世界では容易にできないことをシミュレーションできてこそのデジタル空間です。そして「変革」は、社会を変える、問題を解決するために適切なデータを提供することこそが、デジタルツインの最終的な目的です。

 その3要素でそれぞれどのような取り組みが進んでいるかを説明します。まず「再現」では、国交省の主導する日本全国の3D都市モデルの整備・オープンデータ化プロジェクト「PLATEAU(プラトー)」という取り組みがあります。極めて精密な国土の情報を3Dも含めてデータモデルを作っており、防災デジタルツインの基盤になっていくでしょう。

 ここで課題となるのは、いくら都市を再現できても、リアルで起こった被害情報を精緻に把握してそこに反映していかないと、デジタルツインとしてうまく機能しないということ。具体的に2021年2月13日の23時ごろに起きた福島県沖地震のケースで説明しましょう。この地震で福島県南相馬市の一部では震度6弱の強い揺れを観測しました。情報のパイプラインであるSIP4Dにつながっている個々のシステムの中には、地震の規模からどの程度の被害が出ているかを自動的に推定する仕組みがあります。これを見ると南相馬市は「建物被害なし」でした。

 一方で南相馬市には、対話型災害情報流通基盤(防災チャットボット)「SOCDA」が浸透していました。これは、AIがLINEを通して自動的に被災者と対話し、その中から避難場所、不足物資、被災状況などの災害関連情報を自動で抽出・集約するシステムです。福島沖地震の発生後、市民が自律的にこのチャットボットと会話を始めました。

「SOCDA」におけるやり取りの例の画面
防災チャットボットである「SOCDA」におけるやり取りの例。AIが自動で住民とやり取りし、そのやり取りの内容から被害の状況を集約する(資料提供:臼田裕一郎氏)

 市民がチャットボットとやり取りした結果を見ると、断水はしていないけれども水が濁っていて使えないという「水道トラブル」が多かったことが分かりました。状況を把握した南相馬市は、チャットボットを利用していない市民に対しても、水のトラブルが起きていることを周知することができました。チャットボットで多くの回答が集まることで、どこでどのような被害が起こっているかが分かるのです。

 このチャットボットを開発したのは、自然現象を対象とした各種センサーでは測定できない、被災地の1人ひとりが直接目にしているような情報を拾い上げる仕組みを作って共有データに加えていかないと、正確な状況の分析や判断ができないと考えたからです。デジタルツインの空間でシミュレーション、すなわち「試行」する際にも、このように人から得られた精緻な情報を加えてやらなければ、不十分なものになってしまうと考えています。

 「試行」においては、例えば、都市を再現した上で地震が起こったらどうなるのかといったシミュレーションが、正確にできるようになってきています。例えば同じ震度で、同じ建物の構造でも、場所によって被害の度合いが違う。このようなシミュレーション技術は、「富岳」を代表とするスーパーコンピューターの技術が進歩することなどにより、今後、一層進化することが期待されています。

6時間先にどこで人手が必要かを予測

――3つ目のデジタルツインによる「変革」は、社会を変える、問題を解決するために適切なデータを提供することだとのことですが。

 「変革」ということで防災科研が注力しているのが、災害対応に関わる意思決定を支援するために、未来を予測し先手が打てるシステムの開発です。具体的には、様々なデータをSIP4Dから取り込み、デジタルツインとして現状を再現。次にそのデジタルツイン上で今後起きる可能性がある複数のシナリオを実行してシミュレーション(試行)。さらに試行結果が意思決定に役立つように、現場が判断できる単位で提供するというシステムです。

 ここでも1番重視しているのは使う側のことです。研究として扱う単位で情報を提供するのではなく、実務で行動する人たちが必要とする単位で集計し直して情報を提供しています。例えば、自治体単位で活動する組織に対し、数時間後にはこの自治体で被災者がこれぐらい発生する可能性がある、だから支援者がこれぐらい必要である、といった情報です。これを、現時点と、6時間先の予測を出しています。

――なぜ6時間なのですか。

 支援のために動き出すには、移動手段を考慮しなければなりません。夜の段階で、6時間後の翌朝には、どこでどれだけの雨が降り、どれだけ被害が出て、県の職員1人当たり何人の被災者を抱えることになり、支援の人数はどれだけ必要になるのかの予測が出せれば、まだ暗い段階で支援のための意思決定ができる。人手の手配や準備を完了し、移動手段が確保できたら即行動できるようにとの考えから6時間と設定しています。

 デジタルツインで難しいのは、自然現象の予測が進化している一方で、人の行動に伴いどのような社会現象が起きるのかという予測がまだまだ足りていないという点です。同じ日に被災したとしても、人の活動の仕方は全国一律ではありません。例えば長野県には大勢の支援が入ったから早く回復するかもしれないけれど、福島県には支援が少なかったら、復興に時間がかかるかもしれない。その程度の差から回復にどの程度差が生じるかを予測するには、人の動きをきめ細かく把握する必要がある。ただ、それをデータとして集計したうえで、こう変化していくというのを予測する仕組みが足りていないのが現状です。

臼田裕一郎さんインタビュー中の写真

 さらに災害時には、まったく被害の情報が上がってこない空白地帯というものが生まれます。それが、本当に被害が出ていないのか、あるいは被害が甚大で報告を上げられないのか。その見極めは現状、人の経験に頼っている部分が大きいのです。この人間の持つ経験や知恵を、いかにしてデジタルツインのシステムに組み込んでいくのかを今後、充実させていきたいと思っています。

(写真:吉成大輔)
※本記事内の製品やサービス、所属などの情報は取材時(2023年7月)時点のものです。

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