このページの本文へ

ここから本文

地方が熱い日本は独自路線で市場が拡大 求められるビジネスモデル変革とガバナンス強化地方が熱い日本は独自路線で市場が拡大 求められるビジネスモデル変革とガバナンス強化

2025年に3000億円――経済産業省などが2020年にまとめた報告書に記されたeスポーツ関連の市場規模の予測値だ。2018年には338億円とされていたその市場が、7年間で約9倍に拡大すると予測されており、現在、我々はその拡大期を過ごしていることになる。
プロeスポーツプレーヤーが海外の大会で活躍していたり、地方都市がeスポーツを手掛かりに話題作りを行ったりなど、eスポーツの関連業界はにぎやかだ。その一方で、新しい業界だけに、ビジネスとして今後どのように成長していくのか、課題として何を克服していけばよいのかなど、見えづらい部分も多くある。
韓国出身で米国育ちのKPMGコンサルティング ディレクター/eスポーツアドバイザリーのヒョン・バロ氏は、eスポーツが盛んな両国に身を置いたからこそ、日本のeスポーツ発展の可能性や克服すべき課題が見えている。日本のeスポーツ市場の発展を牽引する同氏に話を聞いた。

ヒョン・バロさんの写真

KPMGコンサルティング
ディレクター / eスポーツアドバイザリー

ヒョン・バロ

航空宇宙工学博士。米国でデータサイエンティスト・研究開発、韓国大手自動車メーカーを経て2017年よりKPMGコンサルティングへ入社し、先端技術を活用するビジネスコンサルティングに従事。1990年代の韓国で成長し始めたeスポーツ産業を思春期にユーザーとして体験したことを活かして、2018年に企業のeスポーツ事業に助言・支援を行うeスポーツアドバイザリーサービスを立ち上げ、業界をリードする。

eスポーツは周辺事業との掛け算がしやすい

――eスポーツ産業を日本で発展させるために、様々な活動をされています。eスポーツの魅力はどこにあるのでしょうか。

ヒョン・バロさんインタビュー中の写真

 第一に挙げられるのは、様々なステークホルダーが関われる実に深みのある産業だということです。プロスポーツ業界のように「競技」という直接市場がある一方で、周辺事業との多種多様な「掛け算」がしやすいという点が大きな魅力です。

 掛け算がしやすいというのは、自前のコンテンツを持たない企業や自治体にとって、eスポーツは連携しやすい1つのコンテンツになることを意味します。ざっと挙げても「eスポーツ×教育」「eスポーツ×ヘルスケア」「eスポーツ×商店街」といったことが考えられます。

 特に地方には、面白い取り組み、活動が多く見られます。例えば富山では地元の酒蔵でeスポーツ大会をやる。群馬では障がい者向けのeスポーツリーグがあり、全国大会を開催している。札幌では医療機関と連携して、リハビリに取り組む患者さん向けにeスポーツを使ってコミュニティ作りをしている。秋田では高齢者のプロeスポーツチームを立ち上げています。

 これは地方創生や地域経済活性化等の社会課題とも合致します。多くの地方自治体では、「人が少なくなる」「コミュニティ作りが難しい」といった問題を抱えています。また徳島のように、阿波踊り祭りという強力なコンテンツがあってもコロナ禍で提供できず、観光誘致が難しいという問題もある。そのような場合に、eスポーツが替わりの役割を担っていける可能性があります。

――なぜeスポーツは掛け算がしやすいのでしょうか。

 他のコンテンツやビジネスとは明らかに次元の異なる熱い思いを持つゲームファンの存在。そのゲームファンが想像以上に大勢いること。これが掛け算しやすい理由だというのが私の仮説です。

 私は日本において、2018年からeスポーツに関する事業に携わってきました。そのような中で、例えば経営者が「eスポーツが流行っているから、なんかやろう」と現場に指示するだけでは、うまく進展しません。ところが、ゲーマーと呼ばれるようなeスポーツを好きな方が現場にいるだけで、驚くほど物事が順調に進んでいくことがあります。ゲームの場合、好きや情熱の度合いが異次元なのです。

 さらに、「ゲーム」から「eスポーツ」になったことで、ゲームをしていることを表に出しやすくなったことも、大きな推進力になっています。日本でゲームをする人はおよそ5000万人いるとも言われますが、一方で、ゲーム自体はまだネガティブな印象が強く、隠れてやっているという部分もありました。それがeスポーツという文脈で、突如として日陰から日向の存在になった。一気にやってやろうという活力となり、それが掛け算を成功に導く原動力となっているのではないかと思います。

韓国出身、米国育ちだから感じた日本市場の疑問

――KPMGコンサルティングがビジネスの観点からeスポーツに取り組み始めた理由を教えてください。

 私は韓国出身で米国育ちですが、両国ともeスポーツはとても盛んです。日本には2016年に来ましたが、ゲーム産業の市場が世界の中でトップ3に入るのに、なぜかeスポーツが流行っていないことに疑問を持ったのです。そこで、まずは専門組織を立ち上げて、日本のeスポーツの分析を行ったのです。

 分析したところ、理由がいくつか浮かび上がりました。1つは、先にも言及したゲームに対するネガティブなイメージ。良いところよりも悪いところがクローズアップされがちで、どうしても表に出にくかった。

 次に、海外で主流であったeスポーツとは、ベクトルが違っていること。これはコンテンツとハードの両側面から違いがありました。まずコンテンツ面では、日本で人気のあるゲームはロールプレイングゲーム(RPG)やパズルなど、1人でプレイするものが多い。一方で、海外で人気のあるゲームは、シューティングゲームや陣地を破壊し合うゲームなど戦略性のある対戦ゲームが一般的でした。一人でやるよりチームでやることがメインなので、競技性があるのです。

 ハード面では、日本では大手ゲームメーカーに代表されるようにいわゆるゲームコンソールが強く、ユーザーの多くは専用のコンソールを使用します。一方で、海外のeスポーツは大半がパソコンを使います。

 ハード面の違いは、ビジネスモデルの違いに直結し、これがeスポーツの普及にも大きく影響していました。日本のビジネスモデルはコンソールを買って、そのコンソール専用のパッケージを買ってプレイする、いわゆる売り切りモデルが主流。一方で海外のeスポーツは、ゲームはほぼ無料でパソコンにダウンロードでき、プレイすること自体にはお金がかからない。ただ、ゲーム内ではアイテムが買えるので、その課金が収益となります。eスポーツのゲーム会社としては、ゲームをプレイする時間が増えるほど、売上が高まっていくので、eスポーツとして話題を振りまくことに意義があるのです。

 このような状況が長く続いていたのが、日本のeスポーツ業界でした。その一方で、強いプロeスポーツプレーヤーが出現するなどで、ゲームのネガティブなイメージも徐々に払拭されてきました。eスポーツ市場は必ず拡大するという確信をもって、2018年から本格的にビジネスに取り組みました。

2025年、eスポーツ関連市場は3000億円

――具体的には、どれぐらいの市場規模に拡大するのでしょうか。

 それを調べることも一つの目的として、2019年9月~20年2月にかけて計5回「eスポーツを活性化させるための方策に関する検討会」を開催しました。これは、経済産業省から委託を受けた日本eスポーツ連合会(JeSU)と、再委託を受けたKPMGコンサルティングが主催したものです。eスポーツ業界に関わる有識者の方々と議論して『日本のeスポーツの発展に向けて』という報告書をまとめました。ここで、2025年にeスポーツ市場は約3000億円に拡大すると予測しています。

 具体的には、イベントのチケット収入やプロチーム、プロeスポーツプレーヤーに対するスポンサー収入などコアとなる直接市場だけではなく、周辺産業を含めて2850億〜3250億円と予測しました。内訳は、直接市場が600〜700億円、キーボードなどの関連機器メーカーやイベント開催時の旅客輸送や宿泊施設などサポート機関からなるエコシステム領域が650〜750億円、さらにはエコシステム領域の経済活動が影響を与える波及領域が1600〜1800億円としました。

 報告書においては、eスポーツ市場全体の構成要素も定義しています。そこでは、波及領域のさらに外側に、eスポーツを通じて蓄積された技術を移転したビジネスとして「移転領域」も定義しています。全体の構成要素を見てみると、人材育成や観光業、ヘルスケア、医療・介護など、幅広く様々なキーワードがちりばめられています。

eスポーツ周辺市場構成要素の広がり
eスポーツ周辺市場構成要素の広がり
(出所:一般社団法人日本eスポーツ連合報告書「日本のeスポーツの発展に向けて」)

 その中でも、特に補足したいのは観光業に関してです。eスポーツビジネスで大事なものの1つにオフライン上でリアルに集まって行なうイベントがあります。ゲームはオンラインでもできますが、皆が実際に集まって、実際に同じゲームを見て、一緒にアクションをして楽しむというオフラインで開くイベントはとても重要で、市場規模も大きいはずです。

 オフラインのイベントは、大規模であるほど場所が重要になります。ここで活きてくるのは国や自治体が公共事業によって建設した会館や体育館などのいわゆる箱物です。国際的なスポーツ競技大会の開催で競技場は多くできたと思うのですが、リアルの試合だけでは稼働率が高まりません。箱物を活用するビジネスとして、eスポーツはかなりのポテンシャルを秘めているのです。

健康食品メーカーがeスポーツチームを立ち上げたワケ

――「eスポーツはよく分からない」という自治体や企業でも、自分達のアイデアや領域とeスポーツとを掛け算することで無数のビジネスが生まれる可能性を秘めているということですね。

 1つ事例としてある健康食品メーカーの取り組みを紹介したいと思います。同社は、以前はまったくeスポーツとは無縁でした。当時の社長がeスポーツのポテンシャルに興味を持ち、2019年にeスポーツ事業に参入。翌年にはeスポーツ関連事業を行う子会社を立ち上げ、プロeスポーツチームを結成しました。eスポーツの中でも人気のあるシューティングゲームのチームですが、各種の大会で活躍しています。

 プロeスポーツのチームが活躍すれば、もちろん自社のコマーシャル効果というのがあります。ただし、eスポーツが同社へ及ぼした影響はそれだけではありません。同社はeスポーツプレーヤー向けのサプリメントを作ったのです。

 eスポーツのプレーヤーたちは練習に夢中になってしまって、食事といえば手軽に摂れるファストフードやインスタント食品などに頼りがちと聞きます。また、目を酷使することも多い。一般的には自分の栄養状況をあまり気にしない世代がプレーヤーの中心ですが、同社はそこに着目しました。「eスポーツプレーヤーの栄養も考える」というコンセプトで専用のサプリメントを商品化しました。eスポーツが本業の新規商品開発につながった良い例といえるでしょう。

 さらに、同社とほかの企業が連携して、eスポーツ関連の事業を立ち上げたことも注目されます。ある地方銀行は、同社とパートナーシップ契約を結び、自分の口座を開設すると預金額の一部をeスポーツチームに送り、預金した顧客にはチームのグッズをプレゼントするというサービスを始めたのです。若い新規顧客の獲得に苦戦する地方銀行、運営資金を確保したいチームの思惑が一致した、まさにWin-Winの事例だといえます。

市場を広げるためには知的財産管理などの見直しが必要

――健康食品メーカーの事例を通じてみても、eスポーツには大きな広がりがあるのが分かりました。ほかにも市場を広げるために、重要な点はあるでしょうか。

ヒョン・バロさんインタビュー中の写真

 忘れてはならないのが、eスポーツの1番大事な部分を担う実況者の存在です。eスポーツの特徴の1つは、リアルスポーツと同様にプロや他人のプレイの様子を見ながら楽しむ層が多いことです。そしてeスポーツのゲームタイトルごとに、実際にゲームをプレイしてその様子を配信するのがゲームの世界でいう実況者です。そのタイトルに多くの実況者がいること、そしてそれぞれの実況者に多くのファンがいることが、eスポーツにはとても大事です。

 この点を海外と日本で比較すると、『VALORANT』や『Fortnite』などの米国のタイトルには、実況者がとても多くいます。一方で日本のタイトルには実況者が少ない。理由は知的財産管理に関する考え方です。日本のゲーム会社が考える財産管理と、海外のゲーム会社のそれには、温度差があります。

 海外タイトルの実況者は、動画配信サービスなどを使って自由に実況でき、それをベースに例えば本編前に放映される広告収入や配信中の「投げ銭」などによって収入が得られます。一方で、日本のタイトルの場合、実況すること自体は問題がありません。ただし、そこから収益が発生するのをゲーム会社は基本的に認めていないのです。実況者は、収入を得ることを目的の一つとして実況しているわけですから、それではあまり意味がありません。自ずと日本のタイトルの実況者は少なくなります。

――eスポーツを日本で広めていくためには、これらの考え方を変えて行く必要があるのでしょうか。

 そう思います。日本においては、大手のゲーム会社が強くて、彼らが今までやってきたビジネスモデルというものがしっかりあるので、eスポーツという新しい文化に抵抗を感じる部分があるのでしょう。

 ただ、そこで是非考えてほしいのは、日本のユーザー、とりわけ「Z世代」のユーザーがプレイしたい、見たいというゲームが、日本のタイトルではなく、海外のeスポーツゲームになりつつあるということです。最近、日本のプロeスポーツプレーヤーが海外の大会で大活躍して注目を集めていますが、彼らは海外のゲームタイトルで活躍しています。その様子を若い世代は実況者を通じて見ている。こういった状況は、日本のゲーム会社に対してある種のメッセージになるのではないでしょうか。

過去のタイトルにこだわらない新たなエコシステム構築へ

――日本のプロeスポーツプレーヤーは海外のタイトルで有名になっていく。優秀なコンソールがある日本にとってはジレンマで、eスポーツ市場を拡大するための課題とも思われます。

 課題を考えるに当たっては、eスポーツとしての課題と、ゲームそのものとしての課題を分ける必要があると思います。ゲームはあくまでもIP(知的財産)ビジネス。これに対して、eスポーツはIPに基づきますが、どちらかというとブランドビジネスです。スポンサーのブランドを出したり、チームのブランドを出したり、それで認知度が上がり、ファンを増やしていくというブランドに基づいて収益を上げるモデルです。

 eスポーツでは、現在『VALORANT』に代表されるようなシューティングゲームが人気です。とはいっても、5年後、10年後には流行りがガラリと変わっている可能性があります。このスピード感に対応しなくてはなりません。一方で、日本は世界トップ3位のゲーム市場である半面、ヒット作の大半が過去のシリーズ物だという点が逆に課題ともいえます。eスポーツを見据えた新しいIPを開拓する必要があるのではと感じています。

 次にゲーム作りの課題についてですが、日本は大手のパブリッシャーが中心にゲームを作成しています。一方で、海外では大人気のゲームタイトルでも元々は、インディーズのゲームクリエイターが生み出したものが多くあります。このようなスモールクリエイターをも巻き込んでサスティナブルに多様なゲームを生み出せるような、eスポーツとしてのエコシステムを構築することも必要でしょう。

 さらに海外のゲーム会社は、ユーザーがソースコードを改造してゲームに新しい要素を入れられるようにしています。「Mod」(modificationの短縮形)というカルチャーで、海外のゲームはパソコンがベースということもありModが一般的になっています。一方で日本のゲームは、リリースされる際には1つの「作品」となっており、それを「改造する」ことはあり得ないというスタンスです。ただ、Modのカルチャーは中長期的に見ればサスティナブルであり得ることを考えると、取り入れる価値はあるでしょう。

日本のeスポーツの発展は地方が牽引する

――eスポーツはブランドビジネスだというお話でしたが、そのブランドビジネスを発展させるという観点で課題はありますか。

ヒョン・バロさんの写真

 eスポーツは業界としてまだ若いので、これから順調に推移するだけでなく、大変な時期が来ることも想定できます。そこで参考にしたいのが、一足先にeスポーツの人気が出た韓国の事例です。韓国では、90年代末にeスポーツが台頭し、2000年代の10年間は異常なぐらいに盛り上がりを見せました。多くのスタープレーヤーが登場し、それに伴ってプロeスポーツプレーヤーとプロeスポーツチームも増えて、eスポーツ専用のテレビチャンネルも2つできました。

 ところが2010年に八百長事件が発覚しました。違法賭博サイトでの勝敗をコントロールするために、10人以上のプロeスポーツプレーヤーが八百長に手を染めたのです。それまでeスポーツを支援していたスポンサーは一斉に撤退し、プレーヤーも仕事を奪われました。eスポーツに関連する企業だけにとどまらず、eスポーツ自体のブランドが一気に失われ、その影響は現在でも完全に払拭できていません。

 日本も今後、どこかのタイミングでそのようなネガティブな事態があり得るかもしれません。そのようなことを想定したうえで、産業としてのインフラ管理やリスク管理を徹底していく必要があるでしょう。ドーピングの管理を厳しく行っているスポーツリーグの取り組み等は非常に参考になると思います。そういった先行事例にならって、守りの仕組みを作ることも重要です。

 このような課題を解決すれば、日本のeスポーツ業界はさらに発展の勢いを増すでしょう。そして、ほかの国と比べて日本らしい発展の仕方が見えてきていると個人的には感じています。それは掛け算の部分にも関係しますが、日本のeスポーツは地方が盛んだといえることです。

 こんなにも地方発の事例があって、しかもそれらの企画が多種多様で面白い。海外だと、韓国ではソウル、中国では上海、米国ではロサンゼルスなど大都市がeスポーツの中心にいます。日本ではむしろ東京よりも、地方都市の方が「eスポーツ、熱いな!」という印象を受けます。これは、本当に日本特有のことだと思います。

 地方では自治体や地元企業が中心となり、中長期的な目線を持って、かつCSRやSDGsという文脈から、非常に優れた取り組みがeスポーツを中心に生まれています。大きな成果を出すまでには時間がかかるとは思いますが、日本らしいeスポーツの潮流を地方が牽引する形で作っていくように感じています。

「VALORANT」はRiot Games, Inc.の商標または登録商標です。

「Fortnite」はEpic Games, Inc.の商標または登録商標です。

(写真:吉成大輔)

ページトップへ戻る