2019年11月に量産化が始まったサーマルダイオード赤外線センサ「MelDIR(メルダー)」の特長を一言でいうなら、「ちょうどいい価格帯」で「ちょうどいい性能」という点だ。人工衛星に使われた三菱電機独自の技術と、汎用的な半導体製造技術を併用したことで、使い勝手のよい価格帯を実現。また、プライバシーを守りながら人の姿勢や動きを詳細に検知するという「MelDIR」ならではの特性をいかして、防犯や高齢者施設の見守りなど、さまざまな分野で活用が広がっている。
INDEX
暮らしや産業に欠かせない「センサ」の本質
モノを直接インターネットにつなぐIoTが進化し、自動運転やスマートホームはあっという間に身近になった。製造業や農業などの産業、AIの普及にもIoTは欠かせない。このIoTの要が「センサ」だ。センサとは、モノの状態を把握して、それをデジタル信号に変換する装置。温度や湿度、におい、位置、色、音、明るさ、速さ、圧力、振動……センサは、自然界のあらゆるものの情報を収集し、インターネットを介してコンピューターなどに送信することでモノを動かす。
安井:人間には五感がありますが、それを補完するのがセンサの役割です。例えば、人間の目には見えない光やごくわずかな音、振動なども、センサは確実にとらえて数値化し、目的に応じて役立てることができます。
こう話すのは、三菱電機 高周波光デバイス製作所の安井慎一さん。安井さんは先端技術総合研究所で加速度や圧力、磁気、高周波などを検知するさまざまなセンサの基礎研究に取り組んできた。2018年に同製作所に異動してからは、赤外線センサの開発と量産化に携わっている。
安井:赤外線センサは、カメラと同じように光をとらえて映像化するためのセンサです。カメラは人間の目に見える0.4~0.8μm(マイクロメートル)という短い波長の光をとらえるのに対して、私たちが開発した赤外線センサ「MelDIR(メルダー)」は10μmと、波長の長い遠赤外線をとらえるという違いがあります。
「いい塩梅の機能」と「いい塩梅の価格」を兼ね備えた赤外線センサ
赤外線センサは、主に3つのタイプ分類できる。1つ目は赤外線カメラに使われる「ボロメーター」方式。テレビ番組で目にするサーモグラフィ映像の撮影や、空港の入国審査などに使われている。このタイプのセンサは熱エネルギーを高感度で検知できるため、精細な熱映像として表現できるが、カメラ1台で100万円程度とかなり高額になる。2つ目は「サーモパイル」方式。熱の分布をおおまかに把握するのに向いていて、例えばトイレや駐車場などの自動点灯装置などに使われている。ただし熱エネルギーを可視化する能力は低いため、クリアな熱画像は表示できない。
これらに対して、「サーマルダイオード」方式の赤外線センサ「MelDIR」はその中間をゆく「ちょうどいい塩梅」の赤外線センサだと、同製作所で赤外線センサデバイスプロジェクトグループの専任を務める服部公春さんは話す。
服部:「MelDIR」は、人を見つけるのが得意な赤外線センサです。「MelDIR」を使うと人間や動物などのシルエットや動きをはっきりとらえることができます。赤外線カメラに比べると手頃な価格で、家電や監視カメラなど、身近なところにいくつも設置したい機器にも採用しやすい価格帯です。
人工衛星に使われた技術を低価格で使う
「MelDIR」が手頃な価格帯を実現できたことには理由がある。
安井:「MelDIR」には2つの半導体技術を使っています。1つは、CMOSプロセス。今、世の中に出回っている半導体のほとんどはこの技術で作られていて、汎用性が高いため安価で利用できます。そしてもう1つ、温度センサの部分には三菱電機が独自に開発した「サーマルダイオード方式」を採用しました。これは宇宙開発などを目的に開発した技術で、陸域観測技術衛星2号「だいち2号(ALOS-2)」に搭載した地球観測用小型赤外カメラCIRC(Compact InfraRed Camera)に用いられた技術を活用しています。この技術の特許は三菱電機が持っているため、ライセンス料なしで利用できます。また、「MelDIR」は三菱電機の既設工場で量産が可能です。新規の設備投資が最小限に抑えられたことも、低価格を実現できた理由の1つです。
プライベートな場所と暗闇が得意
「MelDIR」の画像には、人の顔や室内の細かい様子までは映らない。そのため、浴室や寝室、トイレなどプライバシーを守りたい場所での見守りが可能で、すでに介護施設用の見守りカメラにも採用されている。こうしたプライバシーを守ることに適したカメラは病院や幼稚園・保育園、一般家庭などでも幅広く活用できそうだ。
また、赤外線センサは暗闇での撮影が可能であるため、防犯カメラにも適している。
人や動物の体温を検知する
「MelDIR」はマイナス5℃から200℃と、幅広い温度を検知できることも特長だ。温度帯によって色分けした熱画像も表示できるため、オフィスビルの入り口などでの体表面測定にも利用できる。
服部:「MelDIR」は弊社のルームエアコン「霧ヶ峰」に搭載されています。部屋や人の温度を測ることで室温や気流を制御するのです。畜産業の方からは、動物の健康管理にも「MelDIR」を利用できないかとご相談をいただきました。動物は暑すぎると食欲が低下しますし、寒いと体温の維持にエネルギーを消費してしまうそうなのです。「MelDIR」は動物の体表面温度も計測できますから、ぜひともご利用いただきたいと考えています。
安井:将来的には「MelDIR」を使って料理のサポートができるアプリを開発したいです。例えば、赤外線カメラをキッチンに設置して、フライパンが適温になったのを見計らい、「肉を入れてください」と音声指示をするといった使い方ができれば、料理がおいしく、楽になりますよね。揚げ油を加熱したまま人がいなくなったら、自動消火するなど、安全安心にもご活用いただけるかもしれません。
今すぐ使うために「デモキット」を用意
赤外線カメラを見守りに使いたい場所の一つが、幼稚園や保育園の送迎バスだ。日本と同様にヨーロッパでも置き去り事故が社会問題となっており、2025~26年頃には保険制度が改正され、置き去り防止機能がついた車両に、保険点数が加算されるようになる見込みだ。赤外線カメラは、置き去り防止機能の一つとして注目されている。このような新製品の開発に便利なのが「MelDIR」専用の「デモキット」だ。
服部:デモキットに「MelDIR」をセットしケーブルでパソコンと接続し、ソフトウェアを起動すれば、パソコンの画面上ですぐに「MelDIR」の熱画像を見ることができます。実は、熱画像の見え方は一般的なカメラ映像とはかなり違うので、現場で実際に熱画像を見ることで、製品開発が非常にスムーズに進むのです。例えば車載用見守りカメラを開発する場合、デモキットとパソコンを車内に持ち込めば、車内がどんな風に見えるか、どこに設置したら小さなお子様を発見しやすいかなどを、細かく検証していただけます。
「MelDIR」活用アイディアを大募集!
サーマルダイオード赤外線センサ「MelDIR」は今後、どう活用されていくのか。
安井:「MelDIR」は大きさ19.5×13.5mm、厚さ9.5mmと小型で、家電などにも組み込みやすいサイズ。価格も手頃なので、身近なものに使っていただけたらうれしいですね。個人的には、スマートフォンにデフォルトで搭載されるのが理想。就寝中の見守りやゲームなど、お使いいただけるシーンはいろいろあると思います。
服部:私はずっと、安全・安心に貢献したいと考えています。例えば、幅広い温度を測定できるという特長を生かせば、工場や冷凍倉庫の監視カメラにいいかもしれない。プライベートな場所にも向いているため、私も大好きなサウナ施設、とくにプライベートサウナの事故防止にも役立てるかもしれません。具体的な製品企画などがなくても、「こんな場面で赤外線センサを使えないか」といったご相談を気軽にお寄せいただき、みなさまのアイディアとともに「MelDIR」を育てていきたいです。
「MelDIR」の得意分野は「暗闇」「温度計測」「シルエット検知」「ちょうどいい解像度」「プライベート」。こうしたキーワードと「こんなものがほしい!」というアイディアが組み合わされば、未だこの世にない赤外線センサ搭載装置が生まれるかもしれない。
※本記事内の製品やサービス、所属などの情報は取材時(2023年2月)時点のものです。