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最高の成果を出すためにマインドフルに心を整える 呼吸法・ヨガ・瞑想で自分の感情と距離を置こう最高の成果を出すためにマインドフルに心を整える 呼吸法・ヨガ・瞑想で自分の感情と距離を置こう

 リモートワークなどの環境下において主体的に動くためには、セルフマネジメント力を身に付けることが重要だ。そのためには常に心を整えていくことが求められる。失敗にひきずられていたり、先々の目標数値に戸惑っていたりすると、気持ちが散漫となって集中できずパフォーマンスも低下する。また、そのような状態で激務をこなしていると、知らず知らずのうちに肩こり・腰痛が起きるなど体に変調が起き、場合によっては精神疾患などにもなりかねない。
 現代のビジネスマンには、マインドフルネスな状態になることが必要だと説くのはサンカラ 代表取締役の人見ルミ氏だ。マインドフルネスによって、心穏やかでいながら注意深く、そして集中している状態をつくりだす。特に負の感情に振り回されない状況をつくることが、新しいアイデアの創出につながるなどビジネスにおいても成果を出すことに直結する。インドに1年半滞在してマインドフルネスのエッセンスを学び、社員教育などにマインドフルネスを活用して仕事のパフォーマンス向上へ導く人見氏に、マインドフルネスの効用と心の整え方について聞いた。

人見ルミさんの写真

サンカラ 代表取締役

人見 ルミ(ひとみ るみ)

数々のTV番組に携わった後、29歳で単身インドへ渡航。1年半本場のヨガ・瞑想といったマインドフルネスのエッセンスを学ぶ。帰国後、医療系企業に入社後、船井メディアの会員誌の編集長に就任。事業を成功に導き、常務取締役に就任。その後、多くの人の仕事・家庭・人間関係をマインドフルネス・トレーニングでイキイキと変えていく方法を伝えていくサンカラを設立し代表取締役に就任する。早稲田大学人間科学部卒業、マインドフルネス学会所属、CBTストレスカウンセラー。 著書に「潜在能力を120%引き出すマインドフルネスストレッチ」(KADOKAWA)、「心を整えるマインドフルネスCDブック」、「マインドフルネス思考」(いずれも あさ出版)、「一瞬で運がよくなる幸せ法則」(ゴマブックス)他多数。

インドのヴィパッサナー瞑想が出発点

――なぜマインドフルネスにたどり着いたのでしょうか。

人見ルミさんインタビュー中の写真

 私は20代のときにはマスコミ業界に所属しました。とにかく忙しく、ストレスまみれで自律神経のコントロールがうまくいってないことにも気がつかずにいました。眠れなかったり、いつも心臓がドキドキしていたりなどを感じていました。

 そのようなときに、インドに旅行に行ったのです。すると、道ですれ違った人が「あなたの心と体は調和していません。私は瞑想を教えていますが、良かったらレッスンしませんか」というのです。怪しいって思いました(笑) 。ただ、その人は瞑想を指導する先生で、まさに 私の状況を見事に当てました。そこで次の日に簡単なヨガとストレッチ、瞑想をしたら、非常に癒され、何かスイッチが入ったように感じたので、結局、1週間通ったんです。

 その後、帰国するとまた激務が始まります。ストレスから肩こりなどもやっぱり出てくる。そこで、あの体験をもう1回きちんと学びたくて、すべての仕事を辞めて、インドに渡りました。1年半インドに滞在、本格的に先生のアシュラム(道場)に弟子入りをして、徹底的に心と体や精神のあり方について学んだのです。

――その先生がマインドフルネスを教えてくれたのですね。

 当時はマインドフルネスという言葉はありません。私が学んだのは、ヴィパッサナー瞑想です。ヴィパッサナーはサンスクリット語で「観察する」という意味。その教えの基本は、考えや感じているものすべてを、ただ観察すること。それらをすべて物質と捉え、川のように流れていくのを見守るだけ。それをイメージして、ストレス軽減などにつなげます。このヴィパッサナー瞑想がマインドフルネスのベースです。

 帰国後は、子育てをしながら、企業に勤めていました。瞑想を取り入れることで仕事の効率もあがり、その企業では初めての女性役員にもなりました。セルフコントロールがうまくできていた結果だと思います。

 そんな中で、クライアントを連れて、米国の先端企業を視察するというツアーを実施しました。シリコンバレーの企業を複数社回ったのですが、Googleを訪問した際に見たのが、社員の人たちが芝生で瞑想している姿。皆さん忙しくしているのに、静かにする時間を設けている。ヴィパッサナー瞑想とリンクしました。

 Googleで実施されていることは、マインドフルネスと呼ばれていました。米国の大学などでもその効果のエビデンスが出始めていました。すると間もなく、日本でもマインドフルネスが話題となったのです。そこで、マインドフルネスの良さを伝えたくて、起業に至りました。

心穏やかでいながら
注意深く集中している状態

――マインドフルネスとは具体的にどのようなことを表すのでしょうか。

 マインドフルネスは、ジョン・カバット・ジン博士というマサチューセッツ大学の医学博士が最初に提唱しました。この方も20代の頃からヴィパッサナー瞑想とヨガをおこなっていたのです。ジョン博士はヴィパッサナーという言葉が仏教的で、クリスチャンが多いアメリカでは受け入れられにくいと考えました。そこでマインドフルネスに置き換えたのです。

 マサチューセッツ大学では、実験センターにおいて脳科学的なアプローチから、マインドフルネスの効用が証明されていました。先ほど紹介したGoogleでは、元人事部長のチャディー・メン・タンさんがマインドフルネスに着目し、会社に手法を取り入れ、そのこともマインドフルネスのブームに火を付けた一つの要因です。

 ジョン・カバット・ジン博士はマインドフルネスのことを、「あえて意図しながら、今ここという感覚を、判断しないで味わう」と定義しています。正直に言うと、これは分かりにくいです。そこで私が伝えるときには3つに区切っています。「注意深くきづいて」「心穏やかに」「集中している」。この3つがそろってマインドフルネスな状態といえます。心穏やかでいながら注意深く集中している状態なのですから、仕事の際にマインドフルネス状態でいられれば、効率が向上するのも理解いただけるでしょう。

「注意深くきづいて」「心穏やかに」「集中している」。この3つがそろってマインドフルネスな状態といえます。

 特に最初に挙げた「注意深くきづいて」というのが、マインドフルネスでは大事なキーワードです。私たちは思考や感情に対して、大体は無意識にいます。感情というのは、褒められた時のポジティブな感覚や、お客様に怒られたネガティブな感覚のことですが、これらの感覚に対して通常は注意を向けることはありません。

 一方、マインドフルネス状態に至るために瞑想などを行うときには、まず今の感覚に意図的に注意を向けます。私は落ち込んでいる、私は苦しいと思っている、逆に今は調子に乗っているということに、ちゃんと向き合う。これらの感覚にフラットに対峙して、そして自分を責めるでも褒めるでもなく、あるがままに認知します。

 その次には、呼吸に意識を向けます。感情がブレると呼吸が浅くなったり速くなったりします。イライラしたりすると、息も止まる。そうならないように、あえて意図的に息をゆっくりと吸ったり吐いたりする。自分の体の中に呼吸が入っている、呼吸が出ていっているということに、注意を向けます。

 次には体です。私たちほとんどの人が普段は体を見過ごしています。イライラすればお酒を飲みすぎたり、ストレスで食べ過ぎたりなどを本能的にやってしまいます。次の日に体が重たいとか、胃の調子が悪いとかで薬を飲んでしまう。そうして頑張っていると、自分でも気がつかないうちに不調になったり、眠れなくなったり、心を病んでしまったりする。そこで本格的に体に意識を向けて、ストレッチなどをしながら自分の体の状態を認知します。

 このように、今の感覚や呼吸、そして体に意識を向けられれば、マインドフルネス状態、すなわち「注意深くきづいて」「心穏やかに」「集中している」状態に近づけるでしょう。マインドフルネスをトレーニングで身に付けていくことで、頭、心、体のバランスがとれ、仕事をはじめ何においても最高のパフォーマンスが発揮できるようになります。

イチロー選手の活躍の裏に
マインドフルネス

――人間だれしも緊張してしまうと思わぬミスをしてしまいがちですが、ここぞというときにマインドフルネスでいられれば、想像以上のパフォーマンスが発揮できそうです。

 一流の選手の中には瞑想を行ってマインドフルネスな状態を作り出す方が多くいます。有名なのはイチロー選手。よく知られているエピソードとして、2009年のワールド・ベースボール・クラシックの決勝戦があります。大会中、不調になっていたイチロー選手ですが決勝の韓国戦で決勝打を放ちます。このとき、イチロー選手はあえてバッターボックスに立つ自分を見て実況中継をしていたというのです。「イチロー選手がバッターボックスに入ります。1球目はファール、次もファール」といったように。

 実況中継をすることで、イチロー選手は自分のことをあえて俯瞰して見ていました。そうすると何をやるべきかがはっきりと見えて、心が落ち着くとともに集中していった。まさにマインドフルネスな状態になったのです。緊張していたり不調を感じていたりすると、人はいいパフォーマンスがでません。負の感情からは、距離を置くことがポイントです。

 テニスのジョコビッチ選手も、マインドフルネスを取り入れています。以前は、ラケットを叩きつけて折るなど感情の起伏が激しかった。彼は自分の著者でも書いているのですが、自分がミスしたときに、ありのままの負の感情をはっきりと俯瞰して見るようにしたといっています。本当はいいボールを返せたはずだった。だけど相手の動きに惑わされた。だから悔しいと思った、といったように自分を俯瞰して見るようにしたのです。

 このように感情を細かく高解像度にスライスして見ることで、ミスをしてもそれを引きずることなく、次のプレーに入れるようになります。スポーツに限らず仕事においてもカッとなることはあります。そのようなときには、できるだけ落ち着いて穏やかに俯瞰することで、自分の感情と距離を置けるようになります。

90秒の時間稼ぎで
無理矢理負の感情から離れる

――マインドフルネスの出発点はヴィパッサナー瞑想でしたが、マインドフルネスになるためには瞑想が最も効果的なのでしょうか?

ヴィパッサナー瞑想の写真

 手法としては瞑想がメインとなりますが、マインドフルネスになるためには瞑想だけとは限りません。先ほどの中にも出てきましたが、呼吸法を行うのも一つの手。呼吸は感情と深く結びついているので、意識してゆっくりと呼吸を行えば、感情が落ち着いてきます。また、一般的に推奨される一つがヨガに代表されるようなストレッチ。ちょっとした空き時間などにストレッチをすることで、心も体も柔らかくなってきます。

 これらの手法でやっていることは、繰り返しになりますが、自身の内面に対して目を向けることです。人間だから落ち込むこともあるし腹が立つことも当然ある。そういった感情をあるがままに受け入れながら、そしてそれを流す力を備えることがマインドフルネスともいえます。

 これを実践するため、私はわかりやすいように川にたとえます。私たちは川のほとりに座っています。すると、我々の感情が川の上流から流れてきます。喜びや悲しみ、怒りなどの感情が次から次にやってきます。これをあえて観察します。観察することで、感情との間に距離を取るようにする。そのうえで、その感情が川下へ流れ消えていく様をありのままに見送るのです。

 私たちは何も意識しないと、その感情のたらい桶の中に入ってしまいます。川の流れでいえばその感情というたらい桶の中に入って激流に巻き込まれてしまっていく。最後は嫌な感情と一緒に滝に落ちて、滝つぼでグルグルと同じことを考えている。ネガティブな反芻の中でもがいているうちに、最悪の場合はうつにもつながります。

 嫌な感情を観察するときには、不快に思うことももちろんあるでしょう。ただ、そのような感情に距離を置いて観察すれば、やはり無駄であるとか、今は解決するときではないことなどに気付くのです。そのうえで、今度はあえて自分の呼吸に意識を向ける。ゆっくり吸って、ゆっくり吐いてを繰り返し、マインドフルネスに近づいていきます。

――マインドフルネスでは、説明いただいたように、自分の感情や思考と距離を取るということが一つのポイントとなりそうです。ただ、私たちは生活をしていると、頻繁に嫌なことに直面します。

 その場合に、簡単な方法があります。90秒だけ時間を空けてください。呼吸に意識を向ける、ちょっと水を飲む、可能であれば席を外すなど何でも構いません。時間稼ぎをすることで、気持ちが落ち着いてくるのです。

 90秒という時間には根拠があります。イライラした時などに脳の中で分泌されるコルゾチールというホルモンが消える時間がおよそ90秒なのです。いつまでもイライラしているとこのコルゾチールが消えるどころか、ますます増えてしまう。だから、負の感情を抱いたら無理にでも90秒の時間を設ける。私はこれを「奇跡の90秒ルール」といっています。90秒ゆっくり深呼吸を続けるだけで、感情が穏やかになり、冷静に次の行動に移れます。

千利休も実はマインドフルネスだった

――仕事に行き詰まったときなどは、先ほどの90秒ルールのように、ちょっとした工夫でマインドフルネスに近づけると効果的です。

 他には、茶道において1杯のお茶を飲む方法もあります。茶道においては、お茶を飲む際にお茶碗を3回まわします。正面を向けて出してもらったお茶碗をまわすことで、大事な茶器の正面を外して口をつけるという理由があるからです。

 このような理由もありますが、それとは別に心を落ち着けるという意味もあります。お茶の文化が一気に活気づいたのは千利休によるものが大きいとされています。千利休といえば、織田信長や豊臣秀吉にも仕えながらお茶の良さを広めた人物。そして当時といえば、戦国時代。明日は、どうなってしまうのかも分からない、常に緊迫した日々の連続でした。

 そんな時代になぜお茶が発達したのか。武士は、戦に行くのが仕事。明日出陣が決まれば、もう妻子に会えなくなるかもしれない。そんな出陣の前の日にあえてお茶を飲むことを勧めたのです。お茶室という狭い空間に入って、静かなときを共有し、1杯のお茶をたてて、3回まわすなどあえてゆっくりと飲んでもらう。お茶の世界だけに注意を向けるように仕向けるのです。鼻腔にお茶の香りが伝わったり、喉にお茶が通り過ぎるのを感じたりしながら、ゆっくり飲んでいく。そんな中で、千利休と「人生とは何ぞや」といった話しをする。そしていざ戦場に送り出す。

 過去のことや未来のことに私たちは、捉われがちです。過去の仕事の失敗を思い出したり、あるいは来期の予算達成が気になったりして、意識がここにあらずとなりがち。一方でマインドフルネスはあえて今ここに戻すのです。今に集中して全力で仕事をすればいい状態になる。戦国時代においては、戦に行くことは仕方がない。であれば1杯のお茶で心を落ち着けて、今に集中させて出陣してもらう。

 千利休のお茶には、マインドフルネスのスピリットがまさに入っていました。このことが、戦国時代にお茶が栄えた一つの理由だと思います。

自分の気持ちと手軽に距離を置く方法

――リモートワークにおいても簡単にマインドフルネス状態に近づけるような方法はありますか。

人見ルミさんインタビュー中の写真

 あまり根詰めると、結局は効率が落ちてしまいますよね。先ほどもお話ししたように、できれば数分でも良いので、仕事の合間に呼吸法、ストレッチ、瞑想などを行うことがお薦めです。これらを行うことで、楽になったという感覚を味わってもらえれば、セルフマネジメントを実践するための一つの手法として活用できるでしょう。

 瞑想でいえば、サポートするアプリがたくさん出ています。アプリに収録されているナレーションを聞きながら目を閉じて実践してもいいし、音楽を聞きながらでもいいと思います。音楽でいえば、自然環境の音が流れているものが心を穏やかにするには適していると思います。水が流れる音や鳥のさえずる声が入っているものがいいでしょう。

 食事を使ったマインドフルイーティングという方法もあります。たとえばカレーを食べるのであれば、その中の人参ひとかけらを2分間かけて、ただ集中してゆっくりと噛み続けてください。目を閉じてゆっくりと噛み続け、カレーの香りを鼻腔に注意深く感じる。すると、普段は感じない人参の甘さ、スパイスのほろ苦さ、唾液の量の多さに気づき驚くかもしれない。また、解けた人参が喉から胃の方に流れていく様をじっくり観察してみましょう。するとイライラしていたり落ち込んでいたりしていた感情からも解き放たれ、負の気持ちからはい出ることができます。

 書く瞑想であるマインドフルジャーナリングも良い方法です。1枚の用紙に、とにかく頭の中に浮かんだことを1分半ひたすら書いてみる。綺麗に書く必要もないし、文章になってなくてもいい。誰にも見せることはないので、とにかくアウトプットする。上司に怒られたとか、お客さんにクレームをいわれたとか、脳内に浮かんだ思考がいろいろと出てきます。

 いったん書き終わったら、その文章に矢印を引いて、あるがままの感情と向き合います。先ほど、マインドフルネスでは感情と距離を置くことが重要だといいましたが、自分が書いたネガティブな感情に「良い」「悪い」と判断をせず、ただありのままに「自分の気持ちは今、そうなんだな」「今、自分は辛い気持ちなんだな」「そのままでいいんだ」と受け入れ、ただ事実を観察することがマインドフルネスな状態であり、気分が楽になっていきます。

 このように、手軽に心を穏やかにする方法はいくつかあります。とにかく、セルフマネジメント力を高めるためには、誰かにやってもらうのではなく、自分でできるようにしなくてはなりません。マインドフルネス状態に近づけられるような行動を、自分なりに増やしていくといいでしょう。

なぜマインドフルネスで
アイデアが沸くのか

――マインドフルネスにより常に心穏やかに保てれば、健康も維持できそうです。

 特にうつ病など、心の病にはマインドフルネスは有効です。日本で一番多い病気は精神疾患です。さらに深刻なことは、18歳から25歳までの若い人の死因の約半分が自殺であること。これは経済的損失にもなります。こういった課題を解決するためにもマインドフルネスを習慣化し、人々のウェルビーイングにつなげることが必要でしょう。

 脳科学の観点からも、マインドフルネスには効果があることが証明されています。瞑想によって呼吸に意識を集中すると、脳の中でも島皮質(とうひしつ)という部位に血流が集まります。注目すべきは島皮質に血流が集まることで、そのそばにある扁桃体という部位の活動が低下することです。扁桃体は、イライラや不安、恐怖などマイナスの感情を司っている部分。すなわち脳を効率的に使いたいのであれば、扁桃体の活動を低下させることが必要で、そのためにはマインドフルネスが有効であるということです。

 また、扁桃体のすぐそばには海馬がありますが、ここは短期記憶をプールしておく部位です。扁桃体の活動が活発になると海馬の細胞を損傷し、少し前の記憶を失う可能性があると指摘されています。海馬はいったん細胞を失うと元に戻りにくい部位なので、扁桃体はできるだけ活動を穏やかにしないと、ひどい認知症にもなりかねません。

 さらに瞑想を深めていくと、今度は額の後ろに位置する前頭前皮質という部位に血流が集中し活発化します。前頭前皮質は理性の脳なので、ここに血流が集中することで、理性が働き自分をコントロールしやすくなります。さらに創造性を発揮する部位でもあるため、発想、ひらめき、直観が湧きやすくなります。

 瞑想の訓練を長期にわたって行っている人はこのように、心を常に穏やかにできると共に、雑念の少ない脳の状態を自分でつくれます。シリコンバレーのIT企業のトップにはインド人が多いのですが、マインドフルネス状態を上手に手に入れている人たちともいえます。

瞑想が苦手な人に向けた認知行動療法

――マインドフルネスを取り入れれば、ビジネスマンとして大きく成長できそうです。

 是非、皆さんに取り入れてもらって、効果を実感してもらいたいと思います。一方で、何事もネガティブに受け止めてしまったり、集中しにくかったりするタイプの人もいます。うまく瞑想ができないという人に向けて、最近ではマインドフルネスに加えて認知行動療法を取り入れています。認知行動療法はCBT(Cognitive Behavioral Therapy)といわれますが、現在、アメリカをはじめ日本などでも精神科臨床領域で使われている最先端の心理学です。思考や行動の癖を把握し、自分の認知・行動パターンを整えていくことで、生活や仕事上のストレスを減らしていきます。

1状況
どのようなことが起こりましたか?
2気分
どのような気持ちですか?
3自動思考
どのような考えが頭に浮かびましたか?
4根拠
考えを裏づける事実は何ですか?
5反証
反対の事実はありますか?
6適応的思考
しなやかに考えると?
7いまの気分
気分は変わりましたか?

7つのコラムの進め方(出典:精神科医、国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター顧問、一般社団法人 認知行動療法研修開発センター理事長、大野裕氏より)

 私たちが悩んでいるときは、「俺には能力がない」「どうせ分かってもらえない」など、自分でネガティブな枠組みから出られず、行動が止まったりします。このような思い込みは、実は私たちの頭の中にある認知というフィルターによる受け止め方が作用して、それがネガティブな感情として表出してしまいます。この認知(受け止め方)を変えれば、もっと捉え方がしなやかになり、辛い思い込みが楽になるのです。認知行動療法では、感情と行動の源となる認知の偏りなどを修正して、心の安定を図ります。

 認知行動療法においては、「7つのコラム」という手法を用いてトレーニングします。最初のステップでは、どんな辛いことが起こったのか状況を書いてみます。2行ぐらいでいいのですが、例えば「上司に厳しくいつもより強く怒られた」などありのままに書いてみましょう。次のステップでは、そのときの気分を書き出します。腹が立った、怖い、逃げ出したいなど気分を書きます。3つ目のステップは自動思考。どんな考えが頭に浮かんでいるのかを書きます。「自分なりに一生懸命にやったのに上司は誉めてくれない」など瞬間的に浮かんだ考え。4つ目のステップでは、その自動思考を裏付ける根拠を書きます。「小さいミスをしただけでいつも夜遅くまで残業させられている」、「みんなで飲み会に行っても私には声をかけてもらえない」など、いろんな根拠を書きます。

 そして5つ目のステップでは、反証といって、自動思考とは反対の事実をあげます。「過去には上司は違った点では誉めてくれた」など、逆のことをいくつかあげてみます。そして6つ目のステップでは、もうちょっとしなやかに捉えるとしたらどうするかを考えます。これを適応的思考といいます。例えば親友から同じようなことを相談されたらどう答えるかを想像してみましょう。ここに、「そうはいっても」とキーワードを入れてみます。「そうはいっても上司はあのときのプレゼンを誉めてくれたから、個人的に嫌われているわけではない」、「そうはいっても今回強く怒られたのは理由があるはず」、「そうはいってもちゃんと理由を聞けば自分も納得でき、成長につながるかもしれない」など柔軟に考えていくのです。このステップまでくると、一方的に思い込んでいたことなどが少しずつ分かってきます。

 7つ目のステップでは、ここまでやってみたうえでの、今の気分を表してみます。多くの場合は、感情的になって強くネガティブになっていた気分が少し変化します。80%不快だったけど50%に下がったとか、90%逃げ出したかったのが40%に減ったとか。また、次回はもうちょっと頑張ってみようかなど、前向きに考えることもできるようになります。

人見ルミさんの写真

 どんな組織にも思い込みの強い方は多く存在しており、そういった方は1人で悩んでいます。マインドフルネスを取り入れようとしても、なかなかすぐには自分の思考と距離が取れない。そのような場合は、まず7つのコラムを取り入れてもらって、自身の思考を認知してみる。そうすることで、瞑想なども取り入れやすくなってきます。

 認知行動療法とマインドフルネスを掛け算することは、とても効果があります。私は認知行動療法のカウンセラーの資格も持っており、企業研修において、両者を組み合わせた取り組みを導入することで、仕事のパフォーマンス向上に役立ててもらっています。

(写真:吉成大輔)
※本記事内の製品やサービス、所属などの情報は取材時(2023年1月)時点のものです。

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