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野放しだった住宅の省エネ化対策が急速に進展 理想の姿は持ち家ではなく賃貸住宅の渡り歩き野放しだった住宅の省エネ化対策が急速に進展 理想の姿は持ち家ではなく賃貸住宅の渡り歩き

脱炭素型の持続可能な社会づくりという目標に向けて、社会全体が動き出している。温室効果ガスの大幅な削減が求められる中、その排出源の内訳を見ると、約2割は家庭での冷暖房や給湯、家電の使用など、家庭におけるエネルギー消費に起因するものだ(令和2年版 環境白書 循環型社会・生物多様性白書より)。産業界だけでなく個人の一人ひとりが脱炭素を意識し、そして活動することが、日本が掲げた2050年脱炭素実現という高いハードルを超えるためには必要となる。
一方で、これまでの消費者は決して環境に対して感度は高くなかったため、毎日過ごす住宅に対しても省エネ性能を強く要求してこなかったという一面があった。国土交通省の統計(令和3年度 住宅経済関連データ)によれば、毎年、90万戸近くの住宅が新築されており、これから家を建てる人々が環境を考慮することにより、家庭でのエネルギー消費の状況は一変する可能性がある。そして行政もその動きを後押しする。
2025年、新築住宅において省エネ基準への適合が義務化されることが決まっており、これまで民間任せだった住宅における省エネ性能の確保が必須となる。
エコハウスの専門家であり、住宅のエネルギー消費について詳しい東京大学大学院の前真之准教授に、脱炭素という視点から住宅が現在抱える課題とこれから進めるべき対策について聞いた。

前 真之さんの写真

東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授

前 真之(まえ まさゆき)

1975年生まれ。98年東京大学工学部建築学科卒業。2003年東京大学大学院博士課程修了、建築研究所などを経て、2004年10月に東京大学大学院工業系研究科客室助教授に就任。2008年から現職。専門分野は建築環境工学で住宅のエネルギー消費全般を研究。健康・快適な生活を太陽エネルギーで実現するエコハウスの実現と普及のための要素技術・設計手法の開発に取り組んでいる。

住宅は「一生に一度の買い物」 その時に考えるべきこと

――脱炭素に向けて、より取り組みを加速していかなくてはならないと思いますが、前先生のご専門である住宅業界において実情はどうでしょうか?

前 真之さんインタビュー中の写真

 今、「カーボンニュートラル」(脱炭素)が社会全体の流れになっているのは明白です。自動車や鉄鋼を中心とした産業での動きが話題になっていますが、住宅業界でも当然、対応していかなければなりません。ところが実際は、家を買ったり借りたりするときに脱炭素のことを考える人がどれだけいるでしょうか。

 自動車や家電であれば、5年や10年というスパンで買い替えればよく、また技術革新も進んでいます。情報誌やユーザー同士のインターネット上のコミュニティーなど、消費者目線で“良い製品”の情報が容易に入手できるので、満足度の高い製品を得やすいでしょう。

 それに対して住宅は、よく言われるように「一生に一度の買い物」です。「どこに住むのか」から始まって、「土地をどう探すのか」「家を建てるまでに何をするのか」「お金をどうするのか」など、考えなければいけないことがあまりにも多い。自動車や家電を買うのに比べてはるかに大変な買い物なのは間違いありません。

 特にコストの面では、近年は木材など建材の急激な値上がりや給湯器など設備の供給不足もあり、ますます消費者を取り巻く環境が厳しくなっています。そうなると、住宅を買うときに、当初想定していたレベルから仕様を下げざるを得ない。しかも、「家賃を払うくらいなら今すぐ建売の安いものでもいいから買ってしまおう」という人が増えていて、住宅を購入する年齢層が30歳前半から20代にまで低年齢化しています。これでは予算を引き上げてまで断熱など住宅の質や性能にこだわるのは難しいでしょう。

 さらに日本では、新築時に建築物省エネ法に適合させることが義務とはなっていません。いくら脱炭素と騒がれても、住宅購入者からすれば「環境に優しい家を建てよう」といった話は、優先度が下がってしまうわけです。

快適な暮らしのはずが…。我慢せざるを得ない原因とは?

――限られた予算であれば見栄えが重視。断熱性や気密性といった熱環境性能はおざなりになってしまっていたということですね。

 その通りです。そして断熱性や気密性の低い住宅は、冬は寒くて夏は暑い。すると、冷暖房のエネルギーにコストがかかり、環境への負荷が増大します。家計の面でいえば最近の原油や天然ガスの価格高騰に伴って電力・ガス大手がどんどん料金を値上げしていて、今後もこの傾向は続く見通しですから、その影響はなおさら大きくなります。

 この一連の図式は、太陽光発電パネルにも当てはまります。家を建てる時にコストをかけられないからといって太陽光発電の搭載を見送ると、電気料金やガス料金が上がってしまい、その後の何十年もエネルギーコストで苦しむことになる。

 すると、どうなるでしょう。例えば冬であれば電気料金を節約しなければならないので、寒いけれどエアコンの設定温度を下げたり切ったりして我慢する。快適な暮らしをしようと買ったはずの新しい家で、住人は不快に耐える生活を送らなければならないのです。そういう状態が、これまでの日本では野放しになってきました。

――そもそも日本において、住宅の省エネ性能が軽視されてきた原因はどこにあるのでしょうか?

 その背景にあるのは、ひたすら量を重視してきた戦後の住宅政策です。終戦直後は空襲で街が焼け、また海外から戻って来る人もいたため、家が足りない。そのため、「1家に1軒」からはじまって、次は「1人に1部屋」、そして「1人当たり○平米」といった具合に、とにかく数とか量を充足することを目指してきました。それが1970~80年代にいったん落ち着き、本来は「質」の向上に舵を切らなければならなかったところが、そのタイミングでバブル景気に突入して土地の価格が跳ね上がりました。その結果、住宅の質を考える余裕はなくなって、何でもいいから家を建てればOKという考えが修正されないまま、ずっと続いてしまいました。

 もちろん政府も、住宅の質を完全に軽視していたわけではありません。1973~74年・1978~82年の2度のオイルショックを契機に、住宅の省エネ対策への取り組みが始まり、1980年に初めて断熱性能を規定する省エネ基準が策定され、1992年と1999年に断熱レベルの引き上げが行われました。2016年からは建築物省エネ法として引き継がれていますが、断熱レベルの引き上げなどは行われませんでした。

 建築物省エネ法の求める断熱レベルは1999年に定められたものですから、今となっては基準の要求レベルが低い上に、住宅に関しては基準を満たしていなくても建築はできてしまいます。もっと早く本腰を入れて基準を強化・義務化していれば、今ごろは少しのエネルギーで快適な生活を実現できたはずですし、環境にも優しい家が増えていたはずです。

家づくりを変えた「菅政権」と「YouTuber」

――こうした停滞した状況を大きく変えたのが、2020年に菅政権(当時)が掲げた目標「2050年カーボンニュートラル宣言」というわけですね。

 この目標を受けて、従来のローン減税などの施策に代表される「誰でも家を建てられるように」から、「基本性能のしっかりした家を建てられるように」へと方針が変わりました。最も大きく変わったことは、新築住宅に関しても2025年度からは省エネ基準へ適合することが義務化になったことです。

 具体的には、カーボンニュートラル達成のための道筋をつけることを目的として、当時の河野行政改革大臣が「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース」を組み、その第5回に住宅の省エネ規制をテーマとするヒアリングが実施されました。その結果を元に国土交通省も動き出し、「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会」を組織。2025年度に新築住宅の省エネ基準の適合を義務化し、さらには遅くとも2030年までに新築住宅に省エネ基準より高いレベルである誘導基準の適合を義務化し、新築戸建て住宅の6割に太陽光発電を採用させるといった、これまでになく踏み込んだ案がまとまりました。

――このような政策が住宅の省エネ性能を高めることに寄与するのは分かりました。一方で、消費者側の意識も変わってきているのでしょうか。

 住宅の基本性能を高めようという動きを加速させる上で私が希望だと感じているのは、YouTubeです。ここ1~2年、「住宅系YouTuber」と呼ばれる人たちが実体験を踏まえて積極的に情報を発信していて、たくさんのフォロワーから支持されるようになっています。

 彼らが何を話しているかというと、耐震性や断熱性といった住宅の基本性能を、あらかじめ確保しておかないと後々は損するよ、という内容です。それを強く訴えていて、人気を集めているのです。

 従来、耐震性や断熱性といったテーマは住宅の専門家が中心になって提供していた話題で、一般の消費者は先ほども申し上げた通り「家を買うときはそんなこと気にしないよ」という人がほとんどでした。住宅メーカーのセールスマンが説明しやすいデザインや価格重視で買うスタイルが普通でした。

 それが一時期、コロナ禍で住宅展示場に行きづらくなって、まずはインターネットで情報を集めるという人が増えました。そこでネット上で住宅YouTuberと出会い、基本性能に関しても自分で勉強し始める人が格段に増えているのです。このように、ここ数年でも確実に家づくりの視点が変わってきています。

――YouTuberの影響はこんなところにも押し寄せているのですね。具体的な変化も現れてきていますか?

 例えば、バブル期に建てられた住宅の7割くらいには出窓があり、またルーバー窓も多く見られます。出窓やルーバー窓は確かに見た目や風通しは良いのですが、家の断熱性を下げる上に耐久性も低く、最近では避けられる傾向にあります。

 かつて日本では外観や内装を重視した家づくりが普通で、その結果、無自覚に住宅の基本性能が損なわれていました。器としての基本性能を重視する人が増えており、とても良い傾向だと考えています。

 私は、住宅分野における脱炭素とは、北海道から沖縄まで、日本中どこに住んでいても、誰もが電気代を心配することなく暖かく・涼しく暮らせることだと考えています。すなわち省エネと健康・快適の両立を実現することです。そのためには、器の性能確保がベースにあります。断熱性や気密性に代表される基本性能は高めなければなりません。

住宅の脱炭素を加速する産業とは?

――省エネ基準の適合義務化でどのような変化が期待できるでしょうか。

前 真之さんインタビュー中の写真

 今、日本には約5000万戸の住宅がありますが、そのうち今でも十分な断熱性能を持つのは約13%と言われています。性能を満たさない既存の住宅を改修して断熱性を高めることもできます。けれども、新築ならだいたい70万円で済むところが、改修だと費用が300万円に跳ね上がるなど、後から直すのはコストパフォーマンスが非常に悪いのが現実です。まずは新築の時点で十分な基本性能を持たせる方が、結果的にコストを抑えられることになります。

 2021年の住宅着工数は90万戸以下でした。かつて、日本の戸建て住宅の寿命は30年ほどと言われていましたが、それは戦後のバラックなども含めた平均的な寿命。今はだいぶ伸びていて、60年間は使えるという人もいますし、海外では築100年・200年の住宅に当たり前に人が住んでいます。だとすれば、日本でも、今建てた住宅が2100年にも存在していることになるでしょう。

 そのとき、冬も暖かく暮らすのに十分な性能を住宅が持っていれば、石油などを使わない脱炭素社会が実現できます。ですから、一刻も早く、新築では省エネ基準や誘導基準をマストにした方がいいわけです。

 耐震とか省エネ対策など基本性能の確保を、今まで民間に丸投げしていたのが日本の住宅政策の実情です。他の先進国ではあり得ないことです。2025年の省エネ基準適合の義務化を手始めに、劇的に改善していくことを願っています。

――基本性能の向上が進めばエネルギーの消費量も大きく削減する見込みがたちます。脱炭素のための有効な手段には、他にはどんなことがあるでしょうか?

 脱炭素の動きを加速させる手段の1つとして、再エネの利活用は重要です。住宅の観点ではやはり太陽光発電の搭載を新築住宅の建設時には優先的に検討すべきでしょう。先ほども述べましたが、現在は2030年までに新築戸建て住宅の6割に太陽光発電設備を導入するという数値目標を政府は掲げていますが、設置の義務化までには至っていません。個人負担を減らすため、補助制度や融資、税制などの支援措置を積極的に講じてもらい、6割といわずもっと多くの新築住宅に太陽光発電を搭載すべきです。

 ただ残念なのは、日本の大手メーカーが太陽光発電パネルの生産から手を引いてしまっていることです。ようやく住宅の基本性能がしっかりする方向へ向かっているのですから、省エネからエネルギー自立に向けて確実に脱炭素に結びつけるためには、太陽光発電の活用は必須です。現状では中国をはじめとする海外メーカーが世界の市場を席巻していますが、国産メーカーの復活に個人的には期待したいです。

 もう1つは、エアコンなど住宅設備の効率引き上げによる省エネです。現在、壁掛けタイプのエアコンは年間で1000万台近く売れています。各部屋に1台ずつ取り付けますから、新築時だけでなくリプレースの需要もあって、大きな市場となっているわけです。

 ただ、今後は建物の断熱性能が上がり、少しの熱で家中を冷暖房できるようになってくるのは明白です。住宅の高性能化に合わせ、暖冷房設備も進化しなければ脱炭素に届きません。少ないエネルギーで家中を暖かくしたり冷やしたりできる空調設備が不可欠になります。壁掛けエアコン1000万台という規模は魅力的な市場かもしれませんが、メーカーには今後、1台でも全館空調に対応できるような空調システムの開発に真剣に取り組んでもらいたいと考えます。

住宅の断熱性・気密性による違いの説明図
住宅の断熱性・気密性が高まることで、エアコンに求められる能力が大きく変わる。メーカーには住宅の変化に対応した空調システムの開発が望まれる(資料:前 真之)

家は本当に買うべきか? 賃貸住宅が広げる課題解決の可能性

――脱炭素の流れは戸建住宅だけでなく賃貸住宅にも広げなくてはなりません。

 そもそも、省エネ性能という観点から見れば、日本では賃貸住宅の質が悪いというのは大きな問題です。賃貸住宅がきちんとした生活の器になっていれば、内装を好みに合わせて変えられるくらいの仕組みとすることで、家を買うことなく、住まいも賃貸でフレキシブルに変えながら生活していくという選択肢が積極的に考えられるようになる。

 ただし、従来は賃貸住宅の質が悪かったので、快適で充実した暮らしをしたいのであれば、無理にお金を出してでも自分で家を買わなければならないという流れだった。それを時間的にも経済的にも余裕がない20・30代でやらなければならないので、どうしても住宅の基本性能は軽視しがちとなってしまう。

 今の若い世代には所有欲がなくて、MaaS(Mobility as a Service)などのシェアリングエコノミーが台頭しています。家を抱え込むことのリスクを考えたら、MaaSと同じように「Housing as a Service」「Living as a Service」といったより柔軟な住まいへの考え方が広がっていいのではないでしょうか。

 子どもの人数や同居する親族に合わせて必要となる部屋数は違いますし、また年老いてきたらバリアフリーが必要になるなど、その時々で住宅に必要となる要件は異なります。また、現在のコロナ禍でテレワークが増えたらもう1部屋欲しいと感じるだろうし、そもそも東京などの都心に済む必要もなくなってくる。そういう場合に柔軟に対応するには賃貸が適しており、脱炭素を実現するためには、無駄な新築を作らず多くの人が省エネと健康・快適を両立しながら生きていけるように、今ある住宅ストックを直しながらフレキシブルに融通するのが最善の策だと思うのです。

 もちろん、そういうフレキシブルな社会を実現するには、まずは最低限の性能を備えた住宅ストックを準備できることが大前提となります。そこには政府がお金をかけてもいいかもしれない。日本のどこでも誰もが、省エネで快適に過ごせることが究極の目的であり、その目標に向けた骨太な住宅政策が求められているのではないでしょうか。

(写真:吉成大輔)