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フードテック市場を獲得するための道しるべ 消費者がメリットを実感できる仕組みが必須フードテック市場を獲得するための道しるべ 消費者がメリットを実感できる仕組みが必須

世界的に見た人口爆発で食料不足が叫ばれたり、あるいは多様化が進み食体験の豊かさが一層求められたりする中で、フードテックが注目を集めている。最先端のテクノロジーを活用して、新しい食品や調理方法など食に関連する環境を変化させるフードテック。そこには超巨大市場があり、多くのビジネスチャンスが生まれるとする向きもある。
例えば、現在の食に欠かせない家畜は、その生産過程で多くの温暖化効果ガスを生み出す。これに変わろうとする一つの候補である培養肉は、2040年には家畜と肩を並べるほどに市場が拡大すると予測するリポートもある。
一方で、「食に関する技術の発展の予測は難しい」と語るのが、宮城大学 食産業学群分子調理学研究室教授の石川伸一氏だ。食べ物は直接体に入るものだけに、多くの消費者が新しい技術にすぐに飛びつくワケではなく、慎重にふるまうというのが予測の難しさの原因だ。フードテック研究の一人者である石川氏に、フードテック市場で成功する要因や今後のフードテックが進むべき方向性などについて聞いた。

石川伸一さんの写真

宮城大学 食産業学群 分子調理学研究室 教授

石川伸一(いしかわ しんいち)

東北大学大学院農学研究科修了。日本学術振興会特別研究員、北里大学助手・講師、カナダ・ゲルフ大学客員研究員(日本学術振興会海外特別研究員)等を経て現職。専門は分子調理。著書に『「食べること」の進化史』『分子調理の日本食』『料理と科学のおいしい出会い』等多数。

社会問題解決から個人消費の多様化まで複合要因で注目高まる

――フードテックが注目を集めている理由をどのように分析されていますか。

 大きくは環境、社会、経済というマクロな要因と、個人消費の多様化というミクロの要因があると考えています。

石川伸一さんインタビュー中の写真

 マクロの要因では、世界的な人口増により地球上から人間の食べるものが無くなってしまうことが危惧されていますが、食料問題解決の糸口としてフードテックは期待されています。また、地球温暖化による気候変動により世界中で異常気象が常態化していますが、当然、温室効果ガスは抑制していかなくてはなりません。人間にとって不可欠なタンパク源である食肉の中でも人気のある牛は、反芻を繰り返しながら消化を進めるため、胃の中で食べたものが発酵し、CO2(二酸化炭素)の25倍もの温室効果のあるメタンを絶えず生んでしまうのですが、フードテックで牛肉を代替するものができればこれを抑えられるという環境的な要因もある。

 さらに、食に関するスタートアップ企業が、金融界による新たな投資先の1つとしてスポットライトを浴び、ややもすると実力以上にキラキラと輝いて見えていることも、フードテックに対する注目の高まりに一役買っていると考えます。例えば大豆から代替肉を作っているスタートアップを見ると、従来の技術を活用しながら今の時代に合った製品を作っている。そういう意味では、既存技術を応用すればいいので、簡単とはいえませんがスタートアップにも参入障壁が低いとは言えるかもしれません。

 一方、ミクロの要因としては、社会の多様化が進んだことにより、それを支える食べ物に関しても個人個人で違いを受け入れられていることがあります。

 具体的にはヴィーガン(完全菜食主義者)、ベジタリアン、イスラム教の「ハラール」やユダヤ教の「コーシャ」をはじめとする宗教食、より健康に幸福に生きる「ウェルビーイング」の思想に基づいた健康食、アニマルウェルフェア(家畜福祉)の考えから家畜を食べずに植物性の肉を選択する人、社会・人・環境に配慮した倫理的な消費行動「エシカル消費」の観点から、発展途上国から搾取しない「フェアトレード」に則って食を選ぶ人。このように、食に対する現代の消費行動は実に多種多様なのですが、これらを実現するための手段の一環としてフードテックが期待されているのだと思います。

川上から川下まで、フードテックの守備範囲は広い

――そのフードテックですが、石川先生の考える定義を教えてください。

 「『生産』『加工』『流通』『消費』というフードシステムに関わるテクノロジー全般」と定義できるかと思います。

 フードテックというと多くの方は、家畜の肉だけでは人間にとって不可欠なタンパク質の生産が追いつかないので、大豆やエンドウ豆などの植物性食品を原料とした代替肉とか、細胞培養で肉を作る培養肉とか、さらには昆虫食というように、新しい食材の生産をイメージすると思います。ですがそれはあくまでフードテックの1つの分野に過ぎないということ。守備範囲は川上から川下まで実に幅広いのです。

 生産の部分で言えば、新たなタンパク源の製造のみではなく、従来の農業をAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)で効率化する「アグリテック」もフードテックの一部です。アグリテックは、例えばいちごを育てるのに最適な温度や湿度、水の栄養成分をコントロールしたり、田んぼにアイガモを放って減薬を図る合鴨農法でアイガモの代わりにロボットを使ったりというような取り組みが含まれます。加工の部分では、食品の製造工程におけるロボットの活用、流通の分野では市場の要求にオンデマンドで対応できるシステムの構築、消費ではキッチン家電や健康を管理する「ヘルステック」。これらを全て、フードテックが内包していると言えます。

 とはいえ、やはり最も注目されているのは、代替肉や培養肉といった新規タンパク質に代表される「食」の部分ですが、それと並んで最近もう1つ注目を集めているのが、「サイバーフィジカルシステム」です。

 サイバーフィジカルシステムというのは、リアル空間のロボットやIoTと、サイバー空間のビッグデータやAIを融合して、新たな食を提供するというもの。私の専門である調理の分野で例を挙げると、ネットに接続されたリアルのIH対応のフライパンが、サイバー空間にあるレシピや情報を元に、火加減や調味料を調整して失敗なく料理を作るといった取り組みが既に始まっています。サイバーフィジカルシステムの領域は、IT企業などもアイデアや技術を持っているので、今後の市場は大きく広がっていくと考えています。

フードテックの未来展望が難しい理由

――代替肉をはじめとするタンパク質源と、サイバーフィジカルシステムを両輪に、フードテック市場は成長を遂げていくのでしょうか。

 私は比較的フードテックを客観的に見る立場にあります。その立場からすると、フードテックは発展するかもしれないし、一方で発展せずに尻すぼみになる可能性もあるとも考えています。フードテックの将来を見通すのはなぜ難しいのか。例えばスマートフォンやパソコン、クルマであれば、新しいテクノロジーが出てくれば、そのテクノロジーが搭載された新製品に乗り換えるのが一般的ではないでしょうか。

 ところがフードテックの場合、例えば新しいテクノロジーで作った代替肉が出てきたら消費者がそちらに乗り換えるのか、あるいは新しく開発した機械が料理を作れば消費者が積極的に食べるのかといえば、必ずしもそうならないでしょう。私の学生でも、「3Dフードプリンターで作った食べ物と、お母さんの作ってくれた食べ物だったらどっちを食べる?」と尋ねると、「お母さんの方がいいです、機械だったら食べません」という答えが多く聞かれます。つまり食品の場合、体に入れるものだからこそ、技術に対する抵抗感が強いということが言えます。フードテックによって新製品ができたからといって、果たしてきちんと社会実装されるかどうかは、ケースバイケースではないでしょうか。

――技術的には偉業でも、それを食べ物として体に入れるかどうかは話が別だということですね。

 新しい食べ物に対して人が抵抗感を感じることを、心理学では「食物新奇性恐怖」と言い、先ほどもお話しした通りに、新しいガジェットなどに対する抵抗感よりも圧倒的に強いものです。一方で、新しいものを食べたいという「食物新奇性嗜好」という心理もあります。どちらに転ぶかは人それぞれですし、社会の雰囲気にも左右される。つまり、断定や予想が難しいということです。

 肉の消費が世界的に増える中、今後の肉類市場の変化を表すのに米国のコンサルティング会社であるA.T.カーニーが2019年に発表した2040年までの肉類市場の推移の予測が利用されます。それによれば、現在は肉類市場の9割以上が家畜の肉で占められていますが、2035年にはこの割合が55%になり、植物性の肉が23%、培養肉が22%を占めるようになり、さらに2040年には家畜の肉は4割まで減り、植物性の肉が25%、培養肉が35%と、いわゆる代替肉の割合が6割になるとまで予測しています。

2040年までの肉類市場の予測の説明図
2040年までの肉類市場の予測。市場がおおよそ年平均3%で成長する中、2040年には家畜の肉の割合が4割まで減り、植物性の肉が25%、培養肉が35%を占めるようになる(出所:AT Kearny、「How will cultured meat and meat alternatives disrupt the agriculture and food industry」)

 ただ実際には、どうでしょう。消費者は植物性の肉が安ければ買うかもしれないし、安くても買わないかもしれない。培養肉も、そもそも消費者が手を出すかどうかは未知数です。そういった意味では、この予測が本当にこの通りに推移するかは、まったくわからないのではないでしょうか。

消費者側のメリットを実感できる啓蒙活動が必要

――そのような観点も踏まえて、フードテックによって新しい食品が本格的に市場を伸ばしていくために乗り越えるべき課題には、どのようなものがあると思われますか。

2つの大きな課題があると考えます。1つには技術的な課題。もう1つは消費者が心理的に受け入れてくれるかという社会的な課題です。

 技術的な課題で言えば、例えば代替肉を例にすれば、肉に近づけるためには立体を作っていかなくてはなりません。ところが培養肉は、細胞は横にはどんどん広がって行くために、縦方向に立体的に組み立てていく技術が必要になります。現状、束状にしたり、3Dフードプリンターで立体を構築したり、菌糸体をかまして組み立てたりと、技術的には色々出てきていますが、まだ決定打とはなっていない。技術的にさらに発展しないと、結局は肉のようにならないように思います。

 また、アメリカや欧州でこの数年、植物性の代替肉が大きく市場を伸ばしています。その要因の1つは、家畜の肉のおいしさをもたらしている化合物「ヘム」という赤い成分を、植物性のものに上手に添加して肉らしさを出したことにあります。ヘムは遺伝子組み換え技術によって生成したものなのですが、この事例から分かるのは、やはり「おいしくする技術」を開発することの重要性です。

 もう1つの社会的な側面で言えば、大豆製品に慣れ親しんでいる日本人にとって、植物性の代替肉の受け入れはともかく、培養肉となると法的な規制をどうするのかはもとより、食経験がまったくないものなので、おいしいまずいだけでは食べないのではないかと思います。より浸透していくためには、社会が受容していくための啓蒙活動や、丁寧な説明が必要になってくるはずです。

 これは遺伝子組み換え食品の問題と、構造が極めて似ていると考えています。遺伝子組み換え食品が登場したばかりのころ、害虫が付きにくい、あるいは生産性が高いといった、生産者側のメリットばかりが盛んに言われていました。その後、遺伝子組み換え食品について農林水産省が実施したアンケートを見ましたが、食品そのものというよりは技術に対する不安や、きちんと説明してくれないことに対する不満を消費者は感じていたようでした。すなわち、食べる側にとってのメリットが分からないし、きちんとした説明もなされていないと感じているわけです。フードテックもこれと同じで、例えば環境にいいというだけで説明がなおざりでは、環境問題に関心が高いと言われる「Z世代」すら動かすことができない。消費者側のメリットを実感できるような啓蒙活動が必要となってくるでしょう。

おいしさが解明できれば介護食などにも活かせる

――先生のご研究は、フードテックの今後にどのような影響をもたらすのでしょうか。

石川伸一さんインタビュー中の写真

 自分の研究がフードテックに貢献できることを探すとすれば、人は食のどういう点に重きを置くのか、すなわち「おいしさの解明」を追求することでしょうか。消費者はおいしいものなら食べ続けるはずだとの思いから、よりおいしく調理するためにはどうすればいいのかといったことや、人はどこに価値観を置くからおいしく感じるのかといったことに興味があり、研究しています。

 例えば介護食の研究をしていた時ですが、介護食ではどうしても食感が柔らかいものにしなくてはならない。何でもミキサーに入れてどろどろにしてしまえばいいのですが、それでは飽きてしまって食欲がなくなり体が弱ってしまう。それを防ぐために、可能な限り食感のバリエーションをつけるにはどうしたらいいのかを考えました。

 そこで、お米のご飯が飽きにくいのはなぜかを調べたら、何かカギが見つかるのではないかと思い至りました。すると、お米は1粒1粒の食感が実は違っているということに気付いたのです。お米の中身をX線CTで輪切りにしてみると、お米の中の小さな気泡の大きさや数が1粒1粒異なっていて、これが飽きない原因なのではないかという結論になったのです。このようにおいしさを科学で分析できれば、もちろん介護食にも活かせますし、食品メーカーも割と経験で新製品を開発している部分もあるので、そういった面にも活かせます。

――社会的な課題があり、家畜を減らさなきゃいけないとなっても、市場で伸びるためにはおいしさが求められる。だとしたら、おいしさを解明して反映していくことが重要になるということですね。

 さらに私個人としては、フードテックを推進しているのは何で、推進を妨げているのは何なのかという部分に興味があります。食品を食べる上で、栄養、健康、素材のおいしさはもちろん重要なのですが、1人で食べた時にはおいしくないと感じたものが、誰かと一緒に食べたらおいしいと感じることもある。これは、「共食」がおいしさを左右したということです。フードテックを導入することで、食の持つ潜在的な価値点がどんどん鮮明になっていくのではと、興味を持って見ています。

フードテックのメーカーにはメッセージを持ってほしい

――「フードテックといっても畑違いでピンとこないよ」というビジネスパーソンも多いと思います。畑違いだからこそフードテックの抱える課題解決に貢献できるし、ビジネスが生まれる可能性があるとも思うのですが、そのような事例はありますか。

 業種や専門よりも、「どういうものを作りたいのか」「こういう課題を解決したい」「こういう未来であってほしい」というビジョンがあるかどうかが、消費者に訴求するという点ではむしろ大切な気がします。食の分野の間口は本当に幅広いので、機械系、工学系、情報系、バイオ系等々、様々な業種が参入しやすいのです。

 そもそも、フードテックの始まりは、シリコンバレーと言われています。IT系に勤める人たちが会社を辞めて、引退してさあ何をしようかとなった時に、ワインを作ったり、ビールを作ったり、レストランを開いたりして食の分野に入ったのがきっかけです。これらIT系の人たちから見ると、食の世界の伝統的なやり方が非効率的だということになり、データをどんどん導入することなどで、フードテックにつながっていきました。

 私自身、食とは無関係な業種だけれども、フードテックで何かやってみたいという企業の方々と話をする機会が増えました。異分野だからこそ分かる視点と融合することで生まれくる新しいサービスもありますので、どんどん参入するべきだと思います。

 そしてその際に重要なのは、明確なビジョンを持って、メッセージを発信していってほしいということです。「私たちは植物性の代替肉でいきます」「環境負荷低減につながるので、ウチは培養肉でいく」「いやいや、従来の家畜の肉は伝統的な食べ物だから、それを守るんだ」とビジョンはそれぞれ違っていて構わないし、むしろバラバラな方がいい。様々なビジョンを持ってフードテックを推進することにより、消費者が食べ物でより多くの選択肢を持つことができる。それが理想だと思います。

「おいしさ弱者」を救うのがフードテックの進むべき道

――そういった多くの選択肢をフードテックがもたらす可能性がある中で、例えば食物アレルギーに苦しんでいる人たちをフードテックが救うというような取り組みはあるのでしょうか。

石川伸一さんの写真

 アレルギー特定原材料7品目の1つである卵は、アレルギーを含まないようにゲノム編集したものを開発する動きがあります。また、代替肉の主要素材である大豆は、特定原材料に準ずる21品目の1つです。ですが、フードテックが積極的にアレルギー対応に関与しているかと言えば、そのような印象は受けません。困っている方々に向けた新しい食品がテクノロジーによって出てくるというのが理想的なのですが。

 それはなぜかと考えると、「儲からないから」ではないでしょうか。かつて、アレルギー対応米が発売されたことがあったのですが、購入する人が少ないからと、そのうち姿を消してしまいました。テクノロジーは、困っている人たちを優先的に救って欲しい。「大事なことを忘れていやしないか」ということは感じます。

――「困っている人に向けたフードテック」ということでは、介護を必要とされる高齢者向けなどにも何か貢献できそうです。

 私はよく「おいしさ弱者」という言葉を使います。おいしさが届いて欲しいのに届かない人たちのことです。例えば、高齢者で嚥下食しか食べることができない方。災害に遭われた方。貧困で食を自分で選ぶことのできない子供たち。こうした人たちにおいしくてバリエーションのある食を届けたい。おいしさ弱者の考え方は、私自身、東日本大震災で被災して、非常時の食にこそおいしさが必要だと痛感したことに始まっています。

 発展途上国の人々向けの食べ物も含めて、こういう点にこそ、テクノロジーを優先的に使うべきだと強く思います。グルメの人向けのようにおいしさを追求するとか、そういった分野は重要でないとは言わないですけど、後回しでいい。テクノロジーは、まず社会課題の解決に振り向けるべきで、さらその社会課題は多くある。繰り返しになりますが、企業にはそれぞれのビジョンを持って社会課題を解決すべくフードテックを推進してほしいと思います。

(写真:吉成大輔)

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