名古屋製作所では、工業用機械の異常をいち早く検知する「予防保全」と、ばら積みされた部品から必要なものを識別する「3次元ビジョンセンサ」の調整に三菱電機が開発したAI技術「Maisart」を適用した。「予防保全AI」は開発中に、誰も想定していなかった機械故障の予兆の検知に成功。また、「Maisart」適用により、ごく短時間で「3次元ビジョンセンサ」を熟練者と同レベルまで調整できるようになった。
INDEX
- ロボット利活用の補助金も追い風に
- 難しかったのはロボットをリアルに壊すこと
- 想定外の故障をAIが先回りして予報
- 「完璧を求めなくていい」とAIに教えた
- AIにはまだ伸びしろがある
ロボット利活用の補助金も追い風に
FA(Factory Automation)システム事業の拠点である三菱電機の名古屋製作所には、国内外のさまざまな工場からの情報や要望が集まってくる。そうした声を受け止める中で、産業用ロボットにAIを適用するという発想が生まれたのは自然なことだったと、ロボット製造部の上本栄治さんは言う。
上本:産業用ロボットというと、以前は自動車工場のような大規模な施設での利用が中心でした。しかし最近は人手不足や人件費高騰の問題から、今までロボットを使っていなかった業種や中小規模の工場でも導入が検討されています。また、政府や自治体などがロボット導入を推進するためにさまざまな補助金・助成金政策を実施していますから、ロボット化を進めたい企業にとっては、大きなチャンスが到来しているのです。
名古屋製作所には、長年にわたって多種多様な工場とやりとり重ねてきたことで、生産現場のリアルなニーズを熟知しているという大きな強みがある。
今、現場ではどんなロボットが求められているのか。開発チームが検討を重ねた結果、導き出した答えのひとつが、「止まらないロボット」だった。
上本:ロボットは人間になり代わって働くものですから、正確さやスピードとともに「生産ラインを止めない」ことも重視されます。そこで私たちは、故障をあらかじめ予知する「予防保全」に三菱電機が開発したAI技術「Maisart(マイサート)」を適用しようと考えました。
難しかったのは
ロボットをリアルに壊すこと
上本さんたちが取り組んだのはロボットに搭載されている「減速機」の異常を検出する「予防保全AI」の開発だ。
減速機とはロボットの関節部分に内蔵されていて、モータの回転を高精度な関節の動きに変換する役割を果たす装置。非常に多くのロボットに内蔵されている重要なパーツだ。
減速機の故障は発生率が高い上、故障すると修理が必要となり、生産ラインが停止するため、工場にとって大きな痛手となる。
上本さんと同じプロジェクトチームに所属し、ロボットへの「Maisart」適用に携わった村田健二さんはこんな説明をしてくれた。
村田:これまでのロボットにも異常を検知する機能はありましたが、ある値が設定範囲内に収まっているかなど、単純なことがわかる程度。工場の熟練者なら電流波形や音、振動などを見て直感的に「これはおかしい。減速機が摩耗しているのでは」といったことがわかるのですが、機械にはそれが難しいのです。
そこで「Maisart」を適用すれば、ロボットでも「何かおかしい」と直感できる、熟練者のような能力を身につけられるのではと期待しました。
村田さんたちはまず、名古屋製作所が蓄積してきた豊富なデータをもとに「Maisart」用の予防保全アルゴリズム(※1)を作り上げた。
※1 アルゴリズム……コンピュータが問題を解くための方法や手順のこと。
村田:いちばん大変だったのは、アルゴリズムを検証するために実際にロボットを壊す作業です。リアルな状況を再現するためにわざわざ中古品のロボットを探してきて過酷な動作をさせるわけですが、これがなかなか壊れてくれなくて(笑)。
想定外の故障をAIが先回りして予報
村田さんたちは十数台のロボットを準備して8台ほどを破壊。最初のうちは無理に壊そうとしたあげくに不自然に壊れてしまってデータがとれなくなったり、突然壊れて検証不能になったりしたこともあったという。
そんな試験の最中に予想外のことが起こった。
村田:今回のアルゴリズムは減速機の故障を予知するためのものですが、試験しているときにたまたま、減速機以外のパーツが壊れたケースがあったのです。我々はそれに気づかずに試験をしていたのですが、「予防保全AI」はその故障をしっかり検知していました。
想定外のアラームだったので最初は誤報かと思いましたが、後になって「予防保全AI」がかなり微妙なデータをとらえることができたと気づき、驚きました。このような能力をうまく伸ばすことができれば、今後は減速機以外にも適用範囲が広げられるはずです。
「予防保全AI」を開発するにあたり、チームはこの機能をコンパクト化することも目標としていた。
上本:通常、予防保全のためのデータを処理しようとすると専用パソコンやクラウドなどの大がかりな情報処理装置が必要となります。
しかし今回は新しい装置は加えずに既存のセンサなどを活用するとともにアルゴリズムを極力コンパクトにすることで、熟練者に匹敵するほど高性能でありながら、ロボットコントローラに収まる程度まで処理を軽くすることに成功しました。
コンパクト化によって、わざわざ別にコントローラを準備しなくても、「予防保全AI」を活用できると考えています。
「完璧を求めなくていい」とAIに教えた
何かを買ったらすぐに使いたい。これは工場に限らず多くの人に共通する心理だろう。しかし、ロボットに関してはそれが難しい。稼働の前に、熟練者による調整作業が必要となるからだ。
上本さんたちは「Maisart」の適用によって調整作業を効率化し、ロボットを短時間で立ち上げられないかと考えた。ターゲットに選んだのは「三次元ビジョンセンサ」という機能。
三次元ビジョンセンサとは、ものを立体的に認識するための機能。まさに人間の眼にあたるもので、工場ではバラ積みされた部品を識別するときに使われる。
かつて工場では、バラ積みされた部品を人間が1つ1つ並べ直し、機械が認識できるようにしていた。機械化が進んだ今は人間の代わりに「パーツフィーダ」という専用機が使われることが多い。そこに三次元ビジョン搭載のロボットを使うとバラ積みの状態から部品を1つずつ見分けられるため、専用機が不要になるというメリットがある。
村田:三次元ビジョンセンサの調整は熟練者でも非常に難しくて、画像を見ながら何時間もかけてひたすらトライ&エラーを重ねます。ときには丸一日かけても満足な結果が出ないこともあり、その間はお客さまにはお待ちいただくしかありませんでした。そこに「Maisart」を適用することで、ロボットに短時間で熟練者並みのパフォーマンスを発揮させたいという思いがありました。
村田さんたちはまず、シミュレーション環境で「Maisart」を適用した三次元ビジョンセンサの調整を行なった。その後、いよいよ実地での試験。「Maisart」を適用して調整した三次元ビジョンセンサと、熟練者が調整した三次元ビジョンセンサについて、それぞれの把持率(部品を正確につかめた割合)を比較した。
上本:面白いことに、最初のうちは熟練者が調整したロボットはすべて正確につかめたのに、「Maisart」を適用して調整したほうは消極的で、きちんとつかめるものしか取りに行こうとしなかったんです。その様子は、まるで失敗を恐れているようにも見えました。
試験の結果が出るたびに、上本さんたちは先端技術総合研究所の開発メンバーと一緒にアルゴリズムを調整し、徐々に精度を上げていった。
村田:「Maisart」を適用して調整したロボットはきっちりかっちり動きたがる。そこに「完璧を求めなくていい」と教え込むような感じです。時間をかけて人間らしい曖昧さをもたせた結果、熟練者とほぼ同等の調整ができるようになりました。
人間に比べて圧倒的に違うのは、調整にかかる時間だ。
例えばあるケースでは、熟練者でも480分かかった調整を「Maisart」を適用して調整した場合はほんの20分で完了したことがあった。しかも、熟練者の場合はロボットにつきっきりで何度も調整の手を入れなければならないのに対し、「Maisart」を適用して調整すれば、開始ボタンを押すだけで自動的に作業が完了する。
これまでかけていた時間と手間が、格段に少なくなったのだ。
AIにはまだ伸びしろがある
「Maisart」を適用した三次元ビジョンは2018年9月に、「Maisart」適用の予防保全は2019年春には販売される予定だ。一刻も早い実用化を目指して開発を進めてきたお二人に、ここまでの道のりについて感想を聞いた。
上本:今回初めてAIに触れてみて、AIには得意分野やクセのようなものがあることがわかりました。調整の順番を変えるだけでも導き出す答えが変わることがあるといった点は非常に面白いですし、奥が深いなと思いました。
「Maisart」を活用できる機能にはまだ伸びしろがあると実感しています。その能力を活用して、ロボットの使い勝手をさらに向上させていきたいです。
村田:ロボットはかなり進化したとはいえ、今の段階ではまだ使いこなすのが大変です。しかし今後求められるのは、誰でも簡単に使えるロボット。それを実現するにはやはり、自ら考え、行動するAIの活用が不可欠です。
今後はロボットとAI、双方の能力をさらに引き出して融合させ、機械が自律的に機能できる領域を徐々に広げていくのが目標です。
※「Maisart」は三菱電機AI技術ブランドの名称であり、 独自のAI技術ですべてのモノを賢く(Smart)する思いを込めた、Mitsubishi Electric's AI creates the State-of-the-ART in technologyの略です。