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「誤差6センチ」の位置情報が生む、新ビジネスとは

ビジネスチャンス、無限大。

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私たちが気軽に地図で目的地を調べられたり、カーナビで好きな場所に案内してもらえたりするのは、測位衛星による位置情報のおかげである。

そしていま、国産の測位衛星である準天頂衛星システム「みちびき」を、4機から7機体制に拡充する国家プロジェクトが動いていることをご存じだろうか。

国産の測位衛星を作り、その体制を拡充する価値とは何か。そこから生まれる新たなビジネスチャンスや社会の変化とは。

「みちびき」の開発や運用に深く関わってきた内閣府、JAXA(宇宙航空研究開発機構)、三菱電機から4名の関係者が集まり、その可能性を語り合った。

INDEX

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  • なぜGPSだけでは足りないのか
  • 誤差は「数センチ」まで来ている
  • 宇宙空間では修理ができない

なぜGPSだけでは足りないのか

──位置情報を特定する衛星としてよく耳にするのは「GPS」でした。国産の測位衛星「みちびき」とは、どんなものなのでしょうか?

三上 そもそも測位衛星とは、地図アプリやカーナビで使われるような位置情報を特定する衛星です。最も身近な宇宙サービスとも言えるかもしれませんね。

三上 建治 内閣府 宇宙開発戰略推進事務局 準天頂衛星システム戦略室長 参事官

その測位衛星で最も有名なシステムが、皆さんもご存じのGPS(Global Positioning System)で、米国の測位衛星を利用した全地球測位システムを指します。

「みちびき」はその日本版で、日本独自のシステムで運営されるものです。

──すでにGPSがあるのに、国産の測位衛星を作った背景はなんでしょう?

三上 位置情報サービスは、身近な生活からビジネスや防災など多様な用途に活用されており、24時間365日途切れてはいけない、社会の重要インフラです。

GPSは、あくまでも米国が運営するシステムですので、その運営方針がいつ変わるかわからないのが現実。

率直に言えば、ある日突然GPSが利用できなくなる可能性もゼロではないのです。

だからこそ、安定して位置情報を提供するために、日本でも2000年代前半に国産の測位衛星システムを持つことを決断し、2010年に「みちびき」初号機を打ち上げました。

2018年から4機体制で運用していますが、2025年度にかけて5、6、7号機を打ち上げて、7機体制となる予定です。

みちびき6号機の写真

みちびき6号機の機体写真。提供:三菱電機

──7機体制にすることで、どんな利点があるのですか?

松本 人工衛星を使って測位をするためには、常に4機の衛星が見えている必要があります。

松本 暁洋 JAXA 第一宇宙技術部門 高精度測位システムプロジェクトチーム プロジェクトマネージャ

ところが4機だけの体制だと、衛星の軌道上に4機が同時に見えない時間帯が出てきてしまいます。

「みちびき」が7機体制になれば、日本から常に4機が見える状態を作れる。つまり「みちびき」単独での測位が可能になるのです。

また、「みちびき」は日本に特化した作り込みをしているため、米国でGPSを使うよりも、日本で「みちびき」を使う方が、より高い精度で測位できます。

4機体制と7機体制の違いの図

加えて、新たな3機の衛星には、スマホのような一般的な受信機での測位精度を大幅に向上させる機器を搭載しているのが、これまでの4機の衛星との大きな違いです。

そもそも位置情報の利用者は、衛星から送られてくる測位衛星の「位置」と「時刻」情報を基準として、そこからの距離を算出して自分の位置を特定しています。

ですから、各衛星の「位置」と「時刻」の情報の精度が、ダイレクトに測位精度に影響します。

従来の方法では、地上に複数配置された監視局を基準に、衛星の「位置」と「時刻」を特定していました。

ですが衛星と監視局の相対位置に偏りがあるため誤差を減らすことが難しく、最終的に得られるユーザ測位精度は、一般的な受信機ではGPSと同等の5~10m程度になってしまっていたんです。

そこで「みちびき」5~7号機には、互いの衛星間の距離を測る機能と、衛星と地上との距離を双方向に測る機能の2つを新たに搭載します。そうすることで、位置と時刻をより正確に測り、測位精度の誤差を縮められます

将来的には、スマホのような一般的な受信機でのユーザ測位精度を、1m程度まで高めようとしており、今回JAXAはその実証を行うのです。

高精度測位システムとは?の図

誤差は「数センチ」まで来ている

──測位情報をビジネスに活用することを考えると、誤差をいかに縮小できるかは大きなポイントになりそうですね。

二木 先ほど5~7機での測位情報の誤差の縮小についてお話しいただきましたが、実は今でも専用の受信機を使えば、その誤差は「数センチ」まで縮められているんです。

そもそも測位衛星を使って測定した位置情報には、どうしても一定の誤差が生じてしまいます。要因はさまざまですが、大きいのは電離圏(電気を帯びた大気の層)による誤差です。

「みちびき」の信号が宇宙から地上に届くまでの間に、上空100~1,000km付近にある電離圏を通ることで、衛星からの電波が到達するのが遅れてしまいます。そこで誤差が生まれるのです。

そこで三菱電機では自社の技術を活用し、国土地理院が全国に整備している約1,300点の電子基準点網を使用して測位情報に対する補正情報を生成し、測位精度を向上させるセンチメータ級補強サービス(CLAS)の提供にも貢献しています。

この信号を、みちびきに対応した専用受信機を用いて受信することで、センチメータ級の測位精度を実現できるのです。

二木 康德 三菱電機 鎌倉製作所 宇宙インフラシステム部 測位衛量事業統括

三上 GPSによる測位では、5~10メートルほどの誤差が生じますが、専用受信機を用いて「みちびき」のセンチメータ級測位補強サービス(CLAS)信号を受けることで、なんと6センチほどになるのです。

これをわかりやすくたとえると、GPSの測位ではテニスコートの半面の長さほどの誤差が生じる一方で、みちびきでは誤差はテニスボールほどなんです。

──それはイメージしやすいですね。誤差が数cmに縮まり、衛星が7機体制になることによって、そこからどんなビジネスチャンスが生まれるのでしょうか?

市川 本当にたくさんの応用可能性があります。代表的な例は、自動運転への応用です。

というのも自動運転には、きちんと車線内を走行する、他車両との安全な車間距離を維持するなど、高精度かつ安定した位置情報を必要とする場面が多数あります。そこに「みちびき」の誤差の小ささと、7機体制による測位の持続性が活きるのです。

実際、一部市販車の自動運転システムにもすでに「みちびき」の高精度な衛星測位技術が導入されています。

市川 卓 三菱電機 防衛・宇宙システム事業本部 宇宙システム事業部長

三上 「みちびき」は防災分野でも力を発揮します。

どこで崖崩れが起きたのか、どの道路が封鎖されているのか。災害の被害状況を把握し、的確な支援をするために、そうした正確な位置情報は欠かせません。

予測不可能な災害に備えるという意味でも、安定した衛星の体制は不可欠です。

松本 実は「みちびき」により正確な位置だけではなく、「時刻」も測ることができます。

そのため位置情報の利用だけでなく、正確な時刻を利用した電子商取引や、電力の送配電網の制御などにも活用されています。

加えて意外な使われ方には、気象観測もあります。最近では線状降水帯による豪雨も多いですが、測位衛星の電波の変化を用いて可降水量(注)を観測しようとする取り組みもあるんです。

いま、人工衛星産業の市場は世界全体で約40兆円。そのうち約4割を測位関連が占めています(出典:SIA State of the Satellite Industry Report 2024)。

さまざまな利用が拡がる中で、今後も革新的なビジネスに利用されていくことを期待しています。

注:可降水量とは大気中に含まれる水蒸気量を液体水に換算した量のこと。降水予測や極端気象現象予測の精度向上に寄与する。

ビジネスにおける活用イメージの図

宇宙空間では修理ができない

──「みちびき」の根幹機能の設計や全体の組み上げを担っているのが三菱電機ですね。ものづくり領域の中でも、かなり特殊で専門性が求められる開発なのでは。

市川 ええ。第一に、宇宙空間は本当に過酷な環境です。どれくらい過酷かというと、太陽光が当たっているところは摂氏百数十度、当たっていないところはマイナス200度近くになる環境です。

そんな宇宙空間で、しっかりと機能する機体を作る必要があります。

市川さんの写真

さらに、一度打ち上げてしまえば、宇宙で修理はできません。衛星の寿命は約15年ですから、その期間壊れずに正常に動き続けるものを作る必要がある。

そのために三菱電機の製作所内に、宇宙空間を模擬的に再現できる設備を作りました。過酷な宇宙環境の中で丹念な試験を重ねたものづくりが功を奏し、これまで「みちびき」の事故や故障は起きていません。

二木 質だけではなく、開発スピードについても、大きな挑戦をしてきました。というのも人工衛星を1機作るには、従来は10年ほどかかっていました。

その開発期間が、国際競争力やビジネス需要の観点から、今ではその半分かそれ以下に短縮されています。

二木さんの写真

開発期間をそこまで抜本的に短縮する方法には、私たちもかなり頭を悩ませてきました。

そこで生み出したのが、静止衛星標準バスDS2000という標準プラットフォームです。具体的には、一定範囲の静止衛星に要求される人工衛星の基本機能を担う共通部分の設計を、先に決めておくというものになります。

新しい衛星を受注したら、その衛星固有部分を標準プラットフォームに適合させる作業をすることで、製造工程を含めた開発期間を大幅に短縮しています。

実際、みちびきの2~4号機は、5年弱の期間に2カ月おき3機連続の打上げという、三菱電機にとっては前人未踏の衛星開発が必要だったのですが、DS2000で培った工程と関係者の多大な協力を得て最適化した結果、成し遂げることができました。

この経験・成果は、今回の5~7号機の開発にも生かされています。

三菱電機 鎌倉製作所に展示されている、人工衛星のプラットフォームの写真

三菱電機 鎌倉製作所に展示されている、人工衛星のプラットフォーム

──それはかなりの開発プロセス変革ですね。

二木 これほど短い期間に密度高く信頼性の高い衛星を作り上げる過程では、協働するメンバー同士が協力し合う信頼関係が欠かせません。

そうした関係を内閣府やJAXAをはじめとする関係者の皆さんと結べたことが、私にとって一番の財産です。

この信頼関係を維持しながら、今後の7機体制実現に尽力していくつもりです。非常に正確で役に立つ測位衛星サービスだと信じているので、できるだけ多くの皆様に最大限活用していただいて、フィードバックをいただき、さらに付加価値/競争力の高いものを目指していきたいと思っています。

左から二木さん、市川さん、三上さん、松本さんの集合写真

三上 三菱電機のように自社で衛星の製造を完結できる企業の存在は非常に心強い。今後は国内の衛星はもちろん、海外の衛星製造にも参画できるほど、飛躍できる企業なのではと考えています。

今後「『みちびき』があってよかった」と皆さんに思っていただけるよう、政府としても24時間365日の位置情報サービスの提供に向けて、邁進していきたいと思います。

(執筆:横山瑠美 撮影:大橋友樹 デザイン:小谷玖実 編集:金井明日香)

※本記事内の製品やサービスの情報は取材時(2025年1月)時点のものです。