社内でこんな会話を聞くことは多いのではないか。
「ウチの開発は現場のこと何も分かってないよな」
「いやいや、営業が勝手に仕様を決めてくるからでしょ」
「それを言うなら、経理はコストカットばっかりうるさいし」
こうした愚痴の裏には、職場に横たわる"見えない壁"がある。いわゆる「部署の壁」だ。部署ごとに目的が異なるのは当然だが、問題はその壁が厚くなりすぎて、情報が伝わらなくなってしまうことだ。
製造業でよくあるのが営業と製造の分断だ。ある照明機器メーカーでは、営業部が「この新商品、売れそうだから発注を増やそう!」と勝手に増産を決定。製造部門は「聞いてない」と慌てて対応したが、結局売れ行きが伸びず、倉庫には山積みの在庫が残った。
反対に、製造が「効率的な生産」を優先しすぎて、営業が売りたかった新モデルの生産を後回しにしてしまう場合もある。営業は「このタイミングで市場に出せればバカ売れだったのに…」と嘆き、製造は「計画通りに作ってるんだから」と反論する。
このすれ違いの原因は、シンプルだ。「話していないから」だ。
「話し合う」なんてビジネスの基本中の基本のように思えるだろうが、本当に話し合えているだろうか。話し合わないことで、会社の存続すら揺るがす事態にも発展する事例は少なくない。例えば、あるメーカーでは、海外市場からのクレームが営業部に届いていたのに、それが開発部門まで上がらず、結果として大規模リコールにつながった。現場の声をキャッチできていれば防げたはずなのに、「自分の部署の仕事じゃない」とスルーした結果、企業イメージが大きく損なわれてしまったのだ。
「部署の壁」が生まれる最大の理由は、「それぞれの目的」が違うからだ。「正しさ」の違いといってもいいだろう。営業は「とにかく売れることが最優先!」、製造は「効率的な生産が命!」、経理は「コスト削減こそ企業の健全経営!」と考えがちだ。もちろん、それぞれ間違っていないが極端になると、「ウチの部署が正しい」「他は分かってない」という不信感につながってしまう。結果、情報を共有しなくなり、トラブルが増える。自分たちは正しいと思っているから、どんどん事態は深刻化する。
では、どうすればこの「部署の壁」を取り払えるのか?
「部署の壁」を低くした好例が、ボーイング社の777型機プロジェクトだ。
航空機開発では、設計・製造・品質管理・顧客対応など、多くの部署が関わる。以前のボーイングは、設計図が完成した後に製造現場へ流すスタイルだったが、これがトラブルの元だった。「この設計じゃ組み立てられない」「現場で調整するしかない」と、後戻りの連続だった。そこで、777型機の開発では、設計段階から製造・品質管理・メンテナンスの担当者が同じチームで議論する方式を採用した。結果、設計ミスが大幅に減り、品質も向上した。開発期間も短縮され、初納入時の検査でほとんど指摘がなかったという。この成功は、「最初から一緒に考えれば、問題が起こる前に解決できる」というシンプルな教訓を示している。
では、具体的にどうすればよいのか?まず、定期的な横断ミーティングを設けることが効果的だ。営業・製造・経理が「売れる・作れる・儲かる」の視点で話し合う場を持つことで、互いの立場を理解できる。人材のローテーションを取り入れるのも効果的だ。営業経験者が製造部門に行くと「こんなに大変だったのか」と理解が深まる。さらに、ITツールで情報を「見える化」することも欠かせない。在庫や売上データをリアルタイムで全部署が確認できれば、情報共有の壁が低くなる。
「部署の壁」は、意識すれば案外すぐに崩れる。営業が製造現場に顔を出し、製造が顧客の声を聞く。たったそれだけのことで、「あの部署、何も分かってない!」という不満が、「お互いに大変だよな」という共感に変わることも少なくない。
もし、今日も職場で「ウチの部署ばっかり苦労している!」という声が聞こえてきたら、まずは「話す場を作る」ことを考えてみてほしい。結局のところ、「話してないから分からない」のであって、「部署の壁」は、対話の機会を増やすだけで、思いのほか簡単に取り払えるのだ。
一方で、企業のフィールドがグローバルになり、働く人も多様になった現代では、「言語の壁」という別の壁も立ち塞がるだろう。これについてもまた「お互いに分かったふりをせずにしっかり対話する」という姿勢がこれまで以上に重要になっている。