新型コロナウイルスの変異株が、新たな感染爆発の脅威を呼び起こしている。とはいえ危機感が強いのは東京・大阪など大都市圏が中心。ある程度、感染者の抑制に成功している地方なら、経済活動もそれなりに維持できそうに思える。
実際に話を聞いてみると、思ったほど簡単ではなさそうだ。確かに感染状況は、それなりに落ち着いている。しかし地域の事業者の収入は落ち込んでいるという。都会の飲食業の不振は、地方の第一次産業の生産者の大きなマイナスを及ぼしている。この数年、それなりに成果を上げてきた観光業はコロナの直撃を受けた。「起爆剤にするためのマネーが、地域に入ってこないのです。このままでは地方だって先細りです」と、ある西日本の自治体関係者は訴える。
最近、ふるさと納税の返礼品で「物量競争の兆しが見えつつある」という分析が一部で聞かれるのも気になるところ。総務省が寄付額の3割までという目安を示して高額返礼品を規制したことで、過剰な返礼品は姿を消した。それでも「産地でモノが余った」などの理由で、オマケをつけるやり方が時折り、見られる。自治体に寄付する側も、コロナ禍の収入減少で財布のヒモが固くなっている。少しでも寄付を上積みするため、「寄付額の3割」を守りつつ、どこまで物量をサービスできるか-という意識が自治体に芽生えている。これもコロナの影響の一断面かも知れない。
江戸時代の日本は、大げさに言えば藩単位の地産地消で運営されていた。自立・分散型の経済構造といえる。現代社会は、都会という大消費地と、それを支える地方というシンプルな構造に置き換わっているのかもしれない。少なくとも経済面では、都会がダメで地方だけが栄えることは考えにくくなっている。
地域の自律的経済発展というのは、すべての自治体にとって永遠の課題だと考えられる。コロナ禍だからといって画期的な手法が生まれるわけでもない。それでも、時代を先取りするような新たな着眼点を、いくつか紹介する。
ひとつは、地球温暖化による気候変動を前向きにとらえた農業の「品種転換」である。農林水産省は「気候変動がもたらす機会の活用」として、熱帯の果樹を沖縄県や鹿児島県で育成する可能性について調査を進めている。また国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)は、コメを年2回収穫する二期作の導入によって収量を増やす研究に取り組んでいる。この種の“新たな武器”を持つことは農家の収益向上や、若手の営農者を増やすことに結びつく可能性がある。
もうひとつは、観光資源の再開発である。地域の名所・旧跡や名産品の多くは、地元の人にとって目新しくない。だから地域外や国外に広く発信し、観光客を呼び込む必要があった。しかし、限られた対象の心にしっかり“ささる”観光資源なら別の展開がある。最近、ある私鉄で、旧型車両を昔のルートで走らせる有料イベントを見かけた。限られた人数にレアな体験を提供し、しかも原価は非常に安い。イベント参加費だけでなく、動画配信サイトの広告収入などを組み合わせて収益化を計っている。知恵の余地は、まだあるなと感じさせられる。
従来型の広告宣伝や、大規模な投資・再開発に頼らなくても、地域経済の発展につなげる糸口は、他にもあるのではないかと思う。使える資源を賢く使う。そうした方法を考えていくのも自治体の役割なのかもしれない。