春は異動と転居のシーズン。とはいえ新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言が東京・大阪など大都市圏で出された影響で、今年の引っ越しの出足は鈍いという。大学なども学生や家族に「ステイホーム」の方針を伝えているのが普通。郊外のキャンパス周辺の学生向けアパートは、新入学生をあてにしていた空室が埋まりにくくなっている。
こんなご時世で台頭しているが「オンライン内見」だ。不動産仲介の営業マンがアパートやマンションの室内に入り、お客である入居希望者と通信でやりとりしながら質問に答えたり、希望された場所にカメラを向けたりする。あるいは、あらかじめ3次元の動画を撮影しておき、その映像を操作しながら通信を介して入居希望者に説明する。
まったくの非接触だし、お客の側も家にいたまま物件を内見できるメリットがあるので、一種のブームになっている。多数の賃貸アパートを管理する会社によると、物件の内見予約のうち数件にひとつが、昨年までなかった仲介業者による「撮影予約」だという。さらに契約前に必要な「重要事項説明書」の確認のIT化と、契約そのものの押印廃止も進んでいる。つまり入居者は一度も現場に行かないまま「住まいを決める」ことが可能なのだ。
これは便利で、進んだ社会なのだろうか。まだ件数が少ないため、問題は表面化していないようだ。しかし居住物件の管理会社からは「不安に感じる」という声が聞かれる。部屋の隣人が明らかに変だったり、エレベーターが遠い場所にあり、しかも奇数階のみ停止で使いにくかったり、ポストやゴミ捨て場、隣家との境界が異常に汚れていたり。現地に行っていれば簡単に把握できたことが、映像だけでは判断できない。不動産関連の業界団体は、コロナの渦中でも一度は現地を見に行くよう強く推奨している。
ITを活用した非接触や「密」の回避は、適用できるシーンが限られる。オンライン化しやすい部分をとことん、詰めた先にあるのが、たとえば不動産の「オンライン内見・IT契約」だろう。よく出来た仕組みではあるが、完全ではない部分もある。
長引く新型コロナウイルス感染拡大の影響で、すっかり一般化したウェブ会議にも、似たような面がある。根回しから最終決定までメールだけですます商談も同じだ。とても便利で効率がいいから、コロナウイルス感染拡大収束後も元には戻らず、ずっと使い続けられるとは思う。しかし欠落している部分があることは否めない。リアルな会議や面談での、相手の表情や息づかいの変化。文字や映像では伝わらない情報は確かにあって、その情報が足りないと、人と人との「つながり」が弱くなってしまう。ウエブ会議が機能するのも、コロナ禍以前に実際に顔を会わせた経験と、互いの信頼関係が土台にある。
コロナ禍は、そうした「つながり」の重要さを考える良い機会といえるかもしれない。リアルでの「つながり」と、ITを介して可能な「つながり」。人と人の間だけでなく、人と機械がどんな関係でいれば利便性や価値を生み出せるか。コロナ禍によって失われたものは少なくないが、人と人、人と機械の新たな「つながり」を新たに得ることができるかもしれない。
今の不動産契約の「オンライン内見」は、仲介業者が自主的に居住部分の動画を撮影する段階にとどまっている。しかし建物そのものがカメラやセンサーを備え、共用部であるエレベーターの設置場所や稼働状況、入り口のポストやゴミ捨て場の状況を把握していれば、それを入居希望者の個人端末に「つなげる」ことで、内見を充実させることができるはずだ。
建物そのものを建て直すのは困難だが、設備を改修して高度化したり、コロナ禍にあわせた仕様にすることは可能。今回を機に、そうした「つながる」設備が整備されれば、将来も「オンライン内見」は活用されるし、オフィス契約でも同じ事が出来るようになるに違いない。もちろん入居前の内見だけでなく、入居後も利便性を提供できる。そんな「つながる」技術が、未来に一歩ずつ近づいているように思う。